コラム

Vol.54

by ひきたよしあき 2020.07.13

標語のコトダマ

ある小学校で授業をした時、
私を招いてくれた先生が、

「ひきたさんの通われた小学校に
クラスの標語ってありましたか」

と尋ねてきました。

ひとつ、思い出した言葉がありました。

「目的をもった行動をしよう」

小学校5先生の時の標語でした。

「これは、よく覚えています。掃除の
時間に友だちとふざけていたんです。
すると先生が寄ってきて、私と友だちに

『それが目的をもった行動なのか?』

とすごい形相で尋ねてきたんです。
普通に怒られるより何倍も怖かったので
よく覚えています」

と言うと、先生はニッコリと笑い、

「いい先生じゃないですか。うちの
学校は、クラス標語をとても大事に
していましてね。一学期が始まると
生徒に考えさせるんです。面白いですよ」

と言いました。

「ある年は、「アップ」っていうのが
ありました。「成績アップ」「なかよしアップ」
「元気度アップ」なんてね。『向上心』って
ことなんだろうけど、子どもたちが作った
言葉の方が上です。自分たちで作ると、
よく使うし、守るから」

なるほど、よくできています。短いし、
汎用性が高い。クラスの方向性がしっかり
しめされています。

「これから先生に授業をお願いする
クラスの標語はすごいですよ。

『わしづかめ!』

なんです。聞いたときは、驚きました。
こんな言葉を知っていることにも、
みんなで『これはいい!』と言って決めていく
過程にもびっくりしました。
いいでしょう。プロから見てどうですか」

よくできています。プロのコピーライターでも
なかなか思いつく言葉ではありません。
この一言で、ものごとを大きく把握する気に
もなる。食いついたら離さない粘りも生まれる。
人の気持ちをわしづかむこともできます。

「ありがとうございます。クラスの雰囲気が
すごくいいんですよ。先日のビブリオバトル(知的書評合戦)で
優勝したばかりです。子どもって、言葉で
変わるものなんですよねぇ」

と、先生は、腕を組み、感慨深げに語って
くれました。

教室に入ると、

「うぉ〜!」と一斉に声があがります。

外部から招いた先生に興味津々です。

机の上には、感想を書くための
原稿用紙が置いてありました。
その左上には、「わしづかめ!」と
鉛筆で大きく書かれています。
こういうルールも自分たちで決めて
いるのでしょう。

誰のあごもグッとあがっていて、
指されるのを恐れて下を向く子が
いません。
私がこれまでこなしてきた、
何百という授業の中で、もっとも
質問が多かった。授業の感想も、
多い子は、5枚、6枚と書いてきて、
内容も非常に濃いものでした。
何もかも、「わしづかめ!」という
「標語のコトダマ」に貫かれていました。

「すごいクラスですね。『わしづかめ!』
だけでなく、先生のご指導の賜物でしょう」

というと先生は、細かく手をふって、

「昔のテレビドラマのように、先生がウンチク
ある言葉を生徒に語る時代じゃないんです。
その時間があったら、生徒に考えさせた方がいい。
私も日々、生徒の話し合いから学んでいますよ」

3年前の出張授業のエピソード。
私は今も、このクラスの熱気に心を
わしづかまれています。

  • ひきたよしあき プロフィール

    コラムニスト。
    明治大学で教鞭をとるかたわら、朝日小学生新聞にコラムを連載、読者である子どもたちとの文通も行っている。
    著書に、「大勢の中のあなたへ」(朝日学生新聞社)、「5日間で言葉が『思いつかない』『まとまらない』『伝わらない』がなくなる本」(大和出版)等。