コラム

Vol.53

by ひきたよしあき 2020.05.25

付箋のコトダマ

本を読むときに付箋を貼るようになったのは、
父の影響でした。

ある時、父が読みかけていた本を
運ぼうとしたら、マッチ棒が数本落ちたのです。
当時、父はタバコを吸っていて、マッチを
いつも持ち歩いていました。

「どうして本にマッチを挟むの?」

と尋ねると、

「大事なところや面白い場所に印を
つける代わりだよ」

と教えてくれました。
これが付箋を知った始まりでした。

付箋の「箋」という字は、
「竹」の下に取手のついた刃物が
二本並んでいます。
竹を削って、美しい紙のような状態に
する。そこに大切な言葉を書いたことが
この文字の始まりでした。
「言の葉」の「葉」にあたるものが
付箋だったのです。

長い歴史の中で、備忘録としの付箋は
様々に形を変えてきました。
アメリカ人の弁護士が使い始めた
「リーガルパッド」という少し
大きめの紙は、大切なことを大きな
字で書き残すために作られたそうです。
書類の中でも目立つように、鮮やかな
黄色なのが特長です。

この付箋に一大革命をもたらしたのが、
粘着力の弱いのりが片側についたもの。
1980年に発売され、あっという間に
世界中に広がりました。

発売当時、私は大学1年生。
司法試験を受けようとしている
先輩たちが、黄色やピンクの付箋を
大量に六法全書に貼り付けていました。
その姿が、新鮮で、かっこよくて、
私もすぐに真似し始めたのです。

仏文学の先生が食事に誘って
くれたとき、先生の本にも付箋が
貼ってあるのに気づきました。

「重要な箇所に貼っているのですか」

と聞くと、

「そうじゃない。小説の流れが変わった
箇所に貼るんだ。すると、この小説が
どのような構成で書かれているかがわかる。
君も、『ここで話が変わったな』と思う
ところに貼ってみなさい。その小説が
うまいか下手かがすぐわかる」

と教えてくれました。

以来私は、小説に限らず、論の変わり目に
付箋を貼るようにしています。
読み終えたあとに、本に貼られた付箋を
眺めると、まるでこの一冊が自分専用に
カスタマイズされたように見えます。

最近では、家のあちこちに付箋を
貼っています。
洗面所の鏡に「こどものコトダマ」
と書いて貼っておく。
玄関のドアに、「母へ手紙」と貼る。
やりおえたら、それを剥がす。
記憶力が衰えてきた私は、空間と
付箋を使って「備忘」しています。

竹を薄く削ってつくった「箋」。

「忘れるなよ!」
「ここが重要だぞ!」

というコトダマを発し続ける
色とりどりの付箋を活用する機会が
ますます増えていきそうです。

  • ひきたよしあき プロフィール

    作家・スピーチライター
    大阪芸術大学客員教授
    企業、行政、各種団体から全国の小中学校で「言葉」に関する研修、講義を行う。
    「5日間で言葉が『思いつかない』『まとまらない』『伝わらない』がなくなる本」(大和出版)、「人を追いつめる話し方、心をラクにする話し方」(日経BP)など著書多数。