コラム

Vol.64

by ひきたよしあき 2020.11.30

「逃げる」のコトダマ

「今いる場所から逃げ出したい」

これまで何度となくこんな気持ちを
抱いて生きてきました。

学校を休んで、嫌な先生から逃げた。
つらい仕事から逃げて、時が過ぎるを待った。

しかし、楽にはなりませんでした。
逃げるたびに罪悪感に苛まれました。

「僕は、弱虫だ。卑怯な人間だ」

逃げると今度は、自分の良心に
追いかけられる。

「責任感がないぞ」
「モラルにかけているわ」
「人を裏切ることになるんだぞ」

逃げている間、ずっとそんな声が
聞こえてくる。
物理的に逃げたところで、今度は
自分の罪悪感に追い詰められるのです。

逃げれば状況は悪化するばかり
だと思っていました。

しかし、そんな私の考えを
ガラリと変える出来事があったのです。
もう15年も前ですが、
著名な評論家の講演を聞きに行った
ときのことでした。

そこで、フランスの哲学者
 ジル・ドゥールズと精神分析家の
 フェリックス・ガタリが提唱する
「逃走線」を知ったのです。

評論家は言いました。

「『逃走』というと、前に進むべき一本道を
負け犬のように引き返すイメージをもってしまいます。
でも、ドゥールズたちは、一本道ではなく、
地図で考えようと提唱しています。
地図という「平面」で考えれば、
どの方向にだって逃げ道がある。
地図に一本線を引けば、次にやるべきことが
見えてくる。この線のことを『逃走線』と
いいます」

話を聞いて、私は膝を打ちました。

「なるほど!地図で考えればいいのか」

行くべき道を、引き返すと思うから
罪悪感が生まれる。
前に進むべきところを、右に左に、
斜めに横にと「逃走線」を引いていく。
そして新しい目的地への行き方を考える。
なんて創造的な行為でしょうか。

聞いてとたん、気持ちが晴々としたのを
昨日のことのように覚えています。

道ではない。頭に地図を描け。
「逃げる」のコトダマの中には、
「別の道を探す」という意味も含まれているのだ。

逃げ出したって、負け犬ではない。
しぶとく新しい道を切り開けばいいのだ。

そう考えて、自分を無駄に責めない。

世界が変革の時を迎えている
今だからこそ、「逃走線」を引く行為が
大切だと思えるのです。

  • ひきたよしあき プロフィール

    コラムニスト。
    明治大学で教鞭をとるかたわら、朝日小学生新聞にコラムを連載、読者である子どもたちとの文通も行っている。
    著書に、「大勢の中のあなたへ」(朝日学生新聞社)、「5日間で言葉が『思いつかない』『まとまらない』『伝わらない』がなくなる本」(大和出版)等。