コラム

Vol.72

by ひきたよしあき 2021.06.15

ノートのコトダマ

「きれいなノートを作るんじゃない。
一生残したいと思えるようなノートを
作りなさい」

中学3年の時でした。
社会科の先生が、突然こう言い出したのです。

マーカーやカラーペンが流行していました。
私たちは、色々なペンを大きなペンケースに
入れていました。
授業を聴き、板書を写すときには、
カラフルなペンを取りだす。
中国大陸を茶色で描き、黄河は黄色、
揚子江は水色で書き込む。

クラス中がこんな感じでした。
以前より真面目に授業を聞いている
ように見えて、実は塗り絵に励んでいる
ようなものでした。

それを見かねた先生が
私たちに言ったのが、

「一生残したいと思えるような
ノート」

でした。

すぐには意味がわかりません。
今作っているきれいなノートの方が
地味で汚い字で書いたノートより
一生残したいように思える。

先生は、私たちを見透かしたかの
ように、こう言ったのです。

「君たちは、すぐに間違いを消しゴムで消す。
でも、『間違い』は悪いものじゃない。君の
考えたことだ。たとえ正解とは違っても、
君が考えた過程をきれいに消してしまったら
どう考えたのか、どう間違えたのかが、
残らない」

だから、無闇に消しゴムを使わず、間違えた
ところは線を引くかバツをつけろと言うのです。

「プリント、資料、君たちはすぐになくす
だろ。あとでファイルしようと思っている
人もいるだろうが、ちゃんとできている
だろうか。
貼れるものは、すぐその場でノートに
はりつける。ノートが膨れて見映えは
悪くなるだろう。きれいなノートじゃなくなる。
でもね、それが世界にひとつしかない
ノートなんだ。一生残したくなるノート
とはそういうことです」

以来、この社会の先生の授業のときだけは、
みんなカラーペンを使うことをやめました。
私もみんなと同じように、やめました。
でも、数学や英語は相変わらずカラーペンを
使っていました。

そんなある時、兄が受験勉強をしている
ところを見る機会がありました。
数学の勉強中でした。

ノートを使わず、いらなくなった紙に
ぐいぐいと太いボールペンで書いていきます。
とても大きな字。そして間違いには
斜めの線が引いてありました。
けしてきれいではありません。
でも、迫力がありました。いちいち
ペンの色を変えていたのでは出ない
勢いとリズム。それがありました。

私がすべての教科でカラーペンを
使うことをやめたのは、兄のノートを
見たからです。
社会の先生の言う「一生残したい思い」が
あるように感じたのです。

私はカラーペンの代わりに
兄と同じ太軸のボールペンを買い、
できる限りそれで書くようにした。
数学は兄を真似て、いらなくなった
紙の裏に大きな字で書くようにしました。

今、私の手元には学生時代のノートが
数冊残っています。
けしてきれいではありませんが、
「ノートのコトダマ」の宿っているように
感じられます。

「きれいなノートを作るんじゃない。
一生残したいと思えるようなノートを
作りなさい」

インターネット全盛の時代でも、
きっとこの言葉は生きている。
ノート筆記の大切さを、色々な
機会に話していこうと思っています。

  • ひきたよしあき プロフィール

    コラムニスト。
    明治大学で教鞭をとるかたわら、朝日小学生新聞にコラムを連載、読者である子どもたちとの文通も行っている。
    著書に、「大勢の中のあなたへ」(朝日学生新聞社)、「5日間で言葉が『思いつかない』『まとまらない』『伝わらない』がなくなる本」(大和出版)等。