コラム

Vol.112

by ひきたよしあき 2024.10.15

「声かけ」のコトダマ

有名な進学塾の先生に
こんなお話を聞いたことがあります。

子どもの成績を上げるために、親はどんな声がけをすればいいか。
これがその日のテーマでした。

先生が、私に質問してきました。

「子どもが、テストで86点をとってきたとします。
 さて、保護者はどのような声かけをすればいいでしょうか。

ひとつめは、
『86点!すごいじゃない!ママもうれしい!』

 

ふたつめは、
『すごいじゃない!昨日の夜遅くまでがんばってたもんね』

いかがでしょう。」

私は、すぐに後者だと答えました。
理由はうまく説明できなかったけれど、子どもに寄り添っている感じがしました。

「そうです。明らかに後者なんです。
前者のどこがいけないか。
まず、『ママもうれしい』がよくない。
これは、『ママが評価してあげた』ということ。
そして、何を評価したかと言えば『86点』という点数なんですね。

『ママは、86点をとったあなたを評価してあげる』

そんな意味になってしまいます。

塾からは、保護者の方にこういう言い方は慎むようにお願いしています。
そうしないと、子どもは86点が保護者に評価される基準だと考えてしまう。
それよりも悪い点をとることを嫌がり、点数がとれる簡単な問題にしか挑戦しなくなってしまうのです。」

子どもは、親に喜んでもらうのが大好き。
だから、86点よりもいい点数をとろうと問題のレベルを下げてしまう。
こうなると、実力をつけることより点数を上げることが目的になってしまいます。

「後者の答え、『すごいじゃない!昨日の夜遅くまでがんばってたもんね』は、どこがいいのか。
いいポイントは「昨日の夜遅くまで」です。
これを言われると子どもは、

『夜遅くまでがんばっていたのを、ママは見てくれていたんだ』

と感じる。そして、点数評価ではなく、試験の前日には、勉強しようという気持ちが芽生えるわけです。」

進学塾とは、こんなところまで指導するのかと驚いていると、

「人にもよりますが、小学生にとっての親の言葉は、その子の性格を作る上でとても重要な意味をもちます。

『ママ、うれしい!』

と、ママが喜んでくれることは、子どもにとっても喜びなんですね。だから、もっと喜んでもらおうと思って頑張る。
その結果、すべての目的がママを喜ばせることになってしまう。これだと主体的に考える力が育たないんですよ。」

保護者の子どもへの声かけがいかに大切なものか。
「声かけのコトダマ」が、子どもの成長に多大な影響を与えることを実感しました。

先生は、

「難しく考えることはありません。大切なことは、

『いつも見ているよ。あなたをいつも応援しているよ』

という気持ちを忘れないことです。
それが言動に現れれば、必ず子どもはそれに応えてくれますよ。」

と言って笑いました。

子どもの多くを志望する中学にいれる塾の実力を、先生の笑顔に見た気がしました。

『いつも見ているよ』

この思い、大切にしたいですね。

  • ひきたよしあき プロフィール

    作家・スピーチライター
    大阪芸術大学客員教授
    企業、行政、各種団体から全国の小中学校で「言葉」に関する研修、講義を行う。
    「5日間で言葉が『思いつかない』『まとまらない』『伝わらない』がなくなる本」(大和出版)、「人を追いつめる話し方、心をラクにする話し方」(日経BP)など著書多数。