コラム

Vol.80

by ひきたよしあき 2022.02.15

声がけのコトダマ

中学生の頃に通っていた
受験予備校に面白い先生がいました。

生徒を教壇に呼んで問題を解かせる。
間違えると、大きな声で、

「チャンス!」

と叫ぶのです。

「チャンス!この間違え、力になるよ!
あなたが間違えたのは、この部分・・・」

こんな感じで間違えた箇所を指摘
していく。
私も間違えを指摘されたことがあります。
普段なら「みんなの前で恥ずかしい」とか
「あぁ、また同じ失敗をしちゃった」なんて
思うのですが、この先生は違います。
説明を聞き終わると、とてつもない
チャンスをゲットできたような気分になります。

毎週、土曜日のクラス。
回を追うごとに、「チャンス!」は
流行語になっていきました。

はじめは先生だけが言っていたのに、
冬が近づく頃には、生徒全員が、
「間違い」に対して、

「チャンス!」

と言う。さらには、鉛筆をもった
手を前に出すというポーズまで生まれました。

この授業で、数学の力が本当に
ついたのかは、もう思い出せませんが、
数学嫌いでなくなったことはよく
覚えています。
一人で勉強しているときも、
間違えるたびに「チャンス!」と
言っている。
正解すると「やったぜ!」と声にだす。
こんな小さな声がけで、自分が変わるのを
実感しました。

人間は悲しいもので、普段は悲観的な
ことばかりを考えてしまいます。

「こんなことではダメだ」「また、間違えたのか」
「数学の才能がないなぁ」

と自分に厳しくなる。「苦手意識」の
レッテルを自分に貼って、がんじがらめに
なってしまいます。

ところが、間違えた瞬間に、「チャンス!」と
声に出すと、不思議に悲観的にならない。
むしろ、

「さて、どう間違えたのか見てみよう」

なんて気持ちになって、前向きに正解への
道筋を見られるようになるのです。
「チャンス!」という声がけは、
苦手意識が芽生えないよう結界をはる
ようなものでした。
声がけのコトダマ。これが「チャンス」でした。

私は今でも、失敗すると「チャンス!」と
叫ぶことがあります。

「チャンス!」と自分に声がけすると、
脳は、「え?何がチャンスなんだ?」と
チャンスの理由を探そうとします。
私の脳が極めて単純にできているのかも
しれません。すべての人に応用できるかは
わかりませんが、失敗や嫌なことがあった
とき、「チャンス!」ととりあえず叫んで
しまうのは、自分の心を保つ一手ではない
でしょうか。

コロナ禍になって2年が過ぎました。
世の中の閉塞感や未来が見えない状況に
変わりがありません。
だからこそ、ここで「チャンス!」と
叫びたい。
きっとこうした中にも、チャンスの芽は
必ずあるはずです。

春はもうそこまで来ています。

  • ひきたよしあき プロフィール

    コラムニスト。
    明治大学で教鞭をとるかたわら、朝日小学生新聞にコラムを連載、読者である子どもたちとの文通も行っている。
    著書に、「大勢の中のあなたへ」(朝日学生新聞社)、「5日間で言葉が『思いつかない』『まとまらない』『伝わらない』がなくなる本」(大和出版)等。