児童教育実践に
ついての研究助成

研究紹介ファイル
No.19 堀 清和氏

兵庫医科大学 公衆衛生学講座 研究員

障害特性のある子こそ、ていねいな指導と訓練経験が必要
子どもたちからたくさん学ばせてもらいました

堀 清和氏 助成研究以前から学校の安全教育の調査研究に携わっていた堀さん。学校で起こる事故事例を調べていたとき、同じ場所で繰り返しけがをする子がおり、その子には一般的な指導をしても行動がなかなか改善されないことに気づいたそうだ。
「背景にあったのは発達障害などの障害特性(衝動性や不注意、多動性、感覚過敏・鈍麻)でした。私自身、1995年の阪神淡路大震災の際に西宮で被災しており防災には関心があったのですが、多動性や感覚過敏といった障害特性のある子どもたちの防災教育や対策はどうなっているのだろうと気になり聞きとり調査を始めてみたのです。」 発達障害のある子どもたちのお母さんから聞いた声は次のようなものだった。
「避難訓練で突然鳴る非常ベルの音にびっくりして学校に行けなくなった」「避難の際に先生に理不尽に叱責されて避難訓練には絶対に行かなくなった」「ほかの子に迷惑がかかるので避難訓練の日は学校を休ませている。」
避難訓練のときにうまく行動できない子が、訓練に適応できないからという理由で訓練に参加できていない実態を知り、この子たちが実際に災害に遭ったらどのような事態に陥ってしまうのだろうと危機感を抱いたと言う堀さん。
「非常ベルを聞いて恐怖で身がすくむ子や、避難誘導に適切に従うのが難しい子こそ、本来もっとていねいな指導や訓練が受けられるようにすべきですし、対応が難しいからという理由で教育や訓練の場に参加できていないのは問題だと思いました。」

一人ひとりの障害特性に柔軟に対応できるカード教材を開発

が、当時は2016年の障害者差別解消法の施行前だったこともあり、発達障害の特性のある子が参加できるような防災教育プログラムは見当たらず、教材や指導方法もおぼつかない状態だったようだ。
そこで堀さんは、発達障害を中心とした障害特性をもつ子どもたちのための防災教育教材とプログラムを考案し、学校や支援施設での実践とフィードバックを繰り返しながら改善を行い、幅広い普及を目指した。
まずは全国の小中学校、障害児の保護者、放課後等デイサービス施設などの支援者を対象に防災教育の際の課題についてアンケート調査やヒアリング調査を実施した。その結果、小中学校へのアンケート調査では「聴覚過敏などに対する合理的配慮が必要」だと感じている教師が23%いる一方で、「パニックに対応できる教員がいない」との回答が86%あり、配慮の必要性は認識しているものの対応方法がわからず戸惑っている教育現場の現状が明らかになったという。
また保護者や支援者には、子どもたちが避難訓練に参加できないのは「危険な状況が把握できない」「急な変更に対応できない」「きまりが理解できない」といった特性が大きく影響しているとの共通認識がみられた。これらの調査結果と教材に対しての要望【表1】を反映させて【参照1】のような教材「たのしくまなぶぼうさいカード」を開発し、教材を使ったワークショップ形式の教育プログラムを模索した。
「ワークシート教材という案もあったのですが、書くことが苦手な子もいます。発達障害とひとことで言っても、子どもによって特性のあらわれかたは異なります。一人ひとりの子どもに合わせて柔軟な指導をするには組み合わせ次第で指導内容を調整しやすいカード教材が使いやすいと考えました。」
「たのしくまなぶぼうさいカード」は①災害の種類(地震、火事、津波など) ②発生場所(自宅、学校の教室、トイレ、おふろなど) ③困った状況(停電、家具の転倒落下など) ④対策や役にたつもの(消火器、懐中電灯など)といった種類に分かれている。実際にカードを使ってどう指導するのか堀さんにうかがってみた。
「たとえば知的障害のある子であれば、①災害の種類と②発生場所の2種類の組み合わせだけにして、基本的な知識と取るべき行動に焦点をあてて教えます。知的能力は高いけれども想像力に乏しい子の場合は①災害の種類に対して②や③を次々に変え、同じ災害でも発生場所が変わればどうなるか、停電や断水など困った状況が発生したらどうなるかを考えてもらいます。」
想像力の乏しさゆえに「危険な状況が把握できない」特性のある子に有効な指導方法だそうだ。
「子どもの中には『地震がおきたら机の下にかくれなさい』と習うと、安全な広場にいるのにわざわざ屋内に戻って机を探す子がいます。教室にいる場合と校庭や広場にいる場合、違った状況に対応できるよう、大人の寸劇を見たり子ども自身がロールプレイ(役割を演じる)で学習しておく(視覚的・体験的学習)ことも有効だと考えました。」
また、「多動性の傾向が見られ多弁な子の場合は、①②③の中からカードを選ばせ、指導者の口出しは最小限にとどめ、自分で考えたストーリーを展開してもらいます。その後、指導者や周囲の子どもたちが意見を言う形もとれます。」
ほかの子が意見を言っているのに途中で割り込んでくる、話し始めたら止まらないなど「順番や時間が守れない」特性のある子は、無理に止めないで気が済むまで一旦やらせてみることもひとつの方法のようだ。
「〇君の話はこれでおしまい。次は〇君が△さんの話を聞いて意見を言う番だよ」と指導者がその場の流れを誘導することもできる。

【表1】教材への要望

【表1】教材への要望

【参照1】カード教材「たのしくまなぶぼうさいカード」

【参照1】カード教材「たのしくまなぶぼうさいカード」

事前のていねいな説明と実際に体験してみることが大切

発達障害などの障害特性をもつ子の防災教育の難しさは、特性が子ども一人ひとりによって違うため画一的な指導ができない点にあると堀さんは指摘する。たとえば非常ベルの音を極度に怖がるという理由で避難訓練に参加できない子がいるとして、対応の仕方は一通りではないのだそうだ。
「音に対する感覚過敏が原因の子の場合はイヤーマフ(耳あて)を着けさせることで刺激が軽減されます。なぜ急に大きな音が鳴るのか理由がわからずパニックになってしまう子には、事前に" 音が出るのはここです" とベルの鳴る場所を教えておいたり"この音はあなたたちの命を守るための音です" と説明したりすることで恐怖心が軽減されます。」
事前に、避難訓練のときにどういう事が起こるかをていねいに説明しておく、避難訓練が始まる時間など当日のスケジュールを知らせておくことで「急な変更に対応できない」特性のある子も心の準備をして訓練にのぞむことができるようだ。
「実際に体験してみることも大切です。避難する際に通常の出入り口でなく非常口を使うことがありますが、一度も通ったことのない非常口や非常階段を通ることが怖くてできない子がいるのです。」
一度は実際の避難経路を通ってみる体験をしておくことが重要だと堀さんは言う。
こうした考察を経て堀さんは「構造化されたワークショップ」を構築し【表2】、実践をとおして教育効果を検討した。

【表2】構造化されたワークショップ

【表2】構造化されたワークショップ

まずは大人の意識が変わること 子どもたちの成長の芽を摘まないために

ワークショップは、放課後等デイサービス施設と小学校で実施した。
施設では月に一度のワークショップを4か月連続で実施し、3名の児童の各月の変化を記録した。【表3】小学校ではワークショップに参加した児童28名の2か月後の変化を、教員(クラス担任と校長)を対象にヒアリングした。【表4】
その結果【表3、表4】のように、軽度および中程度の障害のある児童は、全般的に行動面と意識に良い影響がみられた。重度の自閉症児は、語彙がもともと少ないため語彙面や的確な行動をとることが難しいことがうかがえる。一方で、重度の自閉症児はカードへの興味が非常に高く、長時間カードを眺めてイラストや文字を覚えていたとの報告が小学校からあり、施設からも同様の報告が得られた。このことから重度の自閉症児の防災知識学習および意識の向上にはカード教材利用は効果的であることが示唆された。さらに、支援する教員や施設スタッフなど大人にも意識の向上がみられた。【表5】

【表3】教育実践後の変化
【表3】教育実践後の変化
防災プログラムを毎月実施してもらい前月と比較。防災プログラムに参加できなかった月は灰色で示している。
○=向上した △=変化なし ×=低下した

【表4】実践2か月後の状態
【表4】実践2か月後の状態
○=向上した △=変化なし ×=低下した

【表5】実践2か月後の状態
【表4】実践2か月後の状態
○=向上した △=変化なし ×=低下した

【表5】教育実践後の変化
【表5】教育実践後の変化
○=向上した △=変化なし ×=低下した

「ワークショップに参加する前は、うちの子にそんなことを教えても無理です、と言う保護者のかたもおられました。でも実際に参加し、わかるようになる、できるようになる我が子の姿を見て、いい意味で驚かれるかたもいました。障害があるからこの子にはできない、人に迷惑をかける、と周囲の大人が思い込んでしまうと学習の機会が少なくなってしまいます。時間はかかるかもしれませんが、合理的配慮を伴ったていねいな指導をすれば成長するし能力が身につくのだと保護者も含めた周囲の大人たちが理解し、周囲の大人の意識が変わることで子どもたちも変わっていくのだなということを実感しました。」
実際、発話が苦手な子がカードに書かれた説明内容について保護者や支援者に語りかける場面があったり、非常口について学習した子がその後ショッピングモールに家族と出かけた際、あそこに非常口があるよと自発的に発見し教えてくれたと保護者から報告を受けたことがあったそうだ。支援者からも教えたことを忘れておらず身についているとの声が多数あったという。
堀さんの助成研究は「子どもたち本人の自助能力を向上させる」教育実践を目指した点が大きな特徴だ。
「障害のある子は教育より対策に重点がおかれることが多かったと思います。障害のある子は守りましょう、と。しかしそういう意識が子どもたちの体験する機会や学ぶ機会を奪い、成長の芽を摘んでしまうことにならないようにしたいと思ったのです。」
助成研究の成果のひとつは、教育プログラムの実践を通して多くの子どもたちが成長していく姿を示すことができたことだと堀さんは言う。
「助成期間中のことですが、施設で実施したワークショップに参加した女児に1年後に会う機会がありました。多動の傾向があり一見わがままな言動が目立つ子で、この子に防災教育なんて無理だと思われていた子でした。その子が、初めてワークショップに参加した年下の子にお姉さんのように自分が習ったことを教えている場面を見て、あぁ、習ったことをちゃんと覚えているんだな、やはり学ぶ機会があれば成長するんだな、と嬉しかったですね。」

ワークショップでの子どもたちの反応が多くの気づきと学びを与えてくれた

カード教材にも教育プログラムにも課題は残った。
「語彙の少ない重度の自閉症児の場合は、自分の気持ちを伝えることが苦手です。困ったときは大きな声で助けてと言いましょう、と教えても" 助けて"が言えないのです。」
そこで「助けてを伝える」、「はい」や「いいえ」など「気持ちを伝える」種類のカードを増やした。また支援現場の声を反映して、常用している薬について知らせるカードなどを加えた。【参照2】

【参照2】追加されたカード教材

【参照2】追加されたカード教材

さらに、タブレット端末のほうが指導の際に使いやすいという意見を受け、カード教材の絵柄を用いたWEB教材「防災カード教材」と、クイズ形式で防災について学べるWEB教材「防災クイズツール」も作成し、誰でも無償で利用できるようURLを一般公開した(現在は公開されていない)。
これら堀さんが構築した防災教育の手法はメディアから注目されテレビの報道番組にも取り上げられたそうだ。
一方、教育プログラムに関しては、指導方法や指導の際の配慮について次のような意見が課題として挙がった。
・指導経験の浅い支援スタッフや教員は、どのような配慮が必要かという点もよくわかっていないことが多く、各種障害に必要な配慮や指導方法の「手引き」が必要である。
・経験は豊富でも、今まで接したことのない障害特性のある児童については指導に不安を覚える。
そこで堀さんは「たのしくまなぶぼうさいカード指導の手引き」を作成し、PDFファイルを現在も無償配布している。「必要な配慮やトラブル時の対処法については、ワークショップでの子どもたちの実際の反応が一番の学びになりました。こちらが想定していたのとは違う反応が返ってくるのです。そこで新たな知見がたまり次に活かしていきました。」たとえば、「こちらを向かせようとおもちゃで気を引くと、おもちゃのほうに興味を持ってしまい後の話を聞かなくなってしまう子がいます。興味を奪われそうなものは事前に隠しておかないといけないのだなと気づきました。」
ワークショップが終わった後に子どもからこんな相談を受けたこともある。
「地震のときは机の下に隠れなさいと習ったけれど、我が家の机はローテーブルだから私はもぐれてもお父さんやお母さんは入れない、どうすればいいのかわからないと言われたのです。これを" 誤学習"と言います。間違った認識で理解しているのです。こういう子には、机の下に入るのは頭や身体を守るための行動なので、隠れる机がなかったら座布団やクッションで頭を守ってもいいのだと教えなければなりません。」
画一的な指導ができない難しさの一例だといえるだろう。支援スタッフや教師のワークショップの際の行動からも多くの学びがあったという。
「緊急時なのでしかたないのですが、子どもの腕をぐいっと引っ張ってしまう場面が結構あります。いきなり身体を触られるとびっくりして動けなくなったり逆に騒いだりする子も多いのです。こういうことは実際にやってみないと本当にわかりません。教材を作って知識を学ぶだけでは限界があるのだということを、ワークショップを繰り返す中で実感しました。」

指導できる人、広める立場の人を増やしていきたい

堀さんは教育プログラムの普及にも力を注ぎ、積極的にワークショップやイベントを実施した。
2016年には世界自閉症啓発デイに合わせて東京・大阪で同時啓発イベントを開催し、参加した支援団体、当事者団体、当事者および保護者にカード教材の普及を行った。また小学校や支援施設で8 回のワークショップと11回の講演(パネルディスカッションを含む)を実施し、当事者とその家族、施設関係者だけでなく地域に対しても普及啓発活動を行った。その結果、関西を中心に30の障害児者支援施設が施設の対策改善および指導の実施を行ったほか、大阪、兵庫、東京の発達障害児の保護者会で保護者による防災対策の勉強会が実施され家庭内での教育も行われたという。
「研究成果の普及に関しては、発達障害のある子の親の会、自閉症スペクトラムのある子の親の会など保護者のかたを中心に学校や支援施設、地域や自治体へも広めていただいたことで普及につなげることができました。とてもありがたく思っています。また、一緒に防災ワークショップを実施していた保護者のかたの中には、防災士の資格を取って発達障害のある子の防災教育や啓発活動を行い活躍されているかたもいます。ご家族からの声は社会を啓発するうえで大きな力になりますし、心強いです。」
障害特性のある子のための実効的な防災教育実践を行うには、子どもだけでなく、その家族、子どもに関わる教職員や支援者、地域の人々との対話も欠かせないと堀さんは言う。
「親の会の方々と交流してわかったのですが、保護者の中には子どもの療育だけでなく、両親の介護だったり、自分自身もなんらかの障害や疾病をかかえているケースもあります。難しいことではあるのですが、教育、福祉、医療など他領域の人たちと連携して情報共有しながら実践や研究をすすめていく必要があると思っています。」
助成研究をとおして他領域とのネットワーク、横のつながりが格段に広がったと語る堀さんだが、今後はそのネットワークを通じて、指導する立場に立てる人をもっと育てていきたいそうだ。
「コロナ禍の中で強く思ったのですが、私ひとりがいろんな分野の方々に広める役を担っていただけでは、何かのきっかけでそれができなくなると今までやってきたことが雲散霧消してしまいます。たとえば親の会のかた、地域のかた、支援者のかた、多様な属性の人たちがそれぞれの領域で広める役を担える、そういう人たちを増やして普及活動を継続させていきたい、というのが現在の問題意識のひとつです。」
その第一歩として堀さんは2冊の本の監修に携わった(2022年春、出版予定)。
「助成研究期間を含め、ここ10年間ほど携わってきたことをまとめました。執筆者は支援者のかた、小学校の教員、大学教授、障害のある子の保護者の立場で活動されているかた、とさまざまです。研修で使えるような形になっていますので、書いてもらった方々にそれぞれの分野で広めていただければと思います。」
研究者としての堀さんの今後の目標について最後にうかがってみた。
「助成研究の目的である" 自助" にも通じるのですが、それぞれの立場の人たちが発信したり活躍できるような場や機会を作っていければと思っています。福祉の立場や保護者の立場のかたに書籍の執筆を頼んだのも、現場で頑張っている人たちが評価される場を書籍という形で作れればと思ったからです。違う本ですが、障害のある当事者にイラストを発注し描いてもらったこともあります。」続けて、
「子どもたち一人ひとりの実際の反応から学び、社会にある課題を専門知識を用いてどう解決するかという考えを持ち、強い立場にある大人が弱い子どもに教えるという態度ではなく、一緒に解決策を考えるという姿勢が大切だと思っています。」

SDGsの推進・合理的配慮提供のための「やさしい日本語」

SDGsの推進・合理的配慮提供のための「やさしい日本語」
(監著:堀清和 編著:宮田美恵子/石野英司/ 宮㟢充弘 晃洋書房)

障がいのある子の安全教育と対策

障がいのある子の安全教育と対策
(監著:宮田美恵子/堀清和 編著:石野英司/宮㟢充弘 晃洋書房)

「 児童デイサービスのぞみ」の西原君子さんと。

「 児童デイサービスのぞみ」の西原君子さんと。
「支援施設の皆さんとのネットワークができたことは研究成果のひとつです。」

  • vol.9 実践をとおして掴む
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