研究紹介ファイル
No.18 桑田 てるみ氏
学校図書館の新しいあり方を示せたのが大きな成果各教科との協働授業で、
生徒の学習意欲も向上しました
ある日、図書館で調べものをしていた生徒がポツリとつぶやいたそうだ。
「調べたら論理的に書こう、と言われても、その意味がわからないから調べられない」。
生徒のこの疑問を解決するために学校図書館はどういう教育支援ができるのだろう。その反省と模索が助成研究の第一歩だったと桑田さんは言う。
「学校図書館でできることはたくさんあるのに、というのが率直な思いでした。助成研究当時は2008年告示の学習指導要領において、すべての教科での『言語活動の充実』や『思考力・判断力・表現力』の育成が求められていました。背景にあったのは、いわゆる"PISAショック"です。教育に求められるものが変わるならば、学校図書館の役割も変わらなければなりません」。
ではどう変わればいいのか。どう変われるのか。その道筋を示したいというのが桑田さんの問題意識だった。
PISAショックとは? 日本の子どもたちに足りない言語力とは?
助成研究の背景となった問題意識や教育的課題について、もう少し詳しく桑田さんに説明してもらった。
PISA(Programme for International Student Assessment)は義務教育修了段階である15歳の生徒を対象にOECD(経済協力開発機構)が実施する国際的な「生徒の学習到達度調査」のこと。2003年の調査で、日本の子どもたちの「読解力(Reading Lite-racy)」は参加41か国中14位、しかも前回調査から得点が24点下がり、これは比較的大きな低下幅だった。さらに自由記述(論述)型の問いに対する無答率が高いことも問題視された。「無答」、つまり答えが書けないのだ。
「書くに至るまでの考え方、考える方法が身についていないことが大きな課題として明らかになったのではないでしょうか。 "PISA型読解力"とは何かを突き詰めていくと、"国際的な言語能力"になるかと思います。では国際的な言語能力の根底にあるものは何か。それはクリティカル・シンキングに代表される、考える力なのです」。
欧米の子どもたちは「Language Arts」(日本語訳は「言語技術」)という母国語教育の中で、言語に関する技能(以下、言語スキル)、すなわち「聞く」「話す」「読む」「書く」スキルを日本の小中高に相当する12年間をかけて体系的に学び思考力を身につけていくそうだ。「言語を技術として訓練させる教育が行われているのです」。
一方、冒頭のつぶやきからもうかがえるように、国際的な言語能力の観点からみたとき、日本の子どもたちには未定着な言語スキルがあるのかもしれない。ならば、日本でもLanguage Artsにならった言語スキル教育を行えば、PISA型読解力の向上や学習指導要領が求める「思考力・判断力・表現力」の育成につながるのではないか、と桑田さんは考えた。そして、そこに学校図書館はどのように関われるのか。
求められているのは 「論理や思考」に関わる言語スキル
桑田さんはまず日本の子どもたちが身につけるべき言語スキルを抽出するために、 2008年告示の学習指導要領を概観した。そして論理的な思考のための技能、例えば「視点を明確に」「比較」「分類」「関連付け」「帰納的」「演繹的」「評価」などを使って考察した結果を、「記録」「報告」「説明」「説得」「議論」などの言語スキルを用いて表現する、「思考をともなった言語活動」が求められていることを明らかにした。
さらにアメリカのLanguage Artsの指導法、アメリカやカナダの学校図書館が使っているBig6 Skills モデルやFocus on Inquiry といった探究学習を支援する教材を検討し、60 項目の言語スキルを抽出した。【表1】
「抽出した項目は論理や思考に関わる言語スキルであり、国際的な『思考力・判断力・表現力』を育成するために必要な言語スキルだと考えました」。
国語科と学校図書館それぞれの 言語スキル指導の可能性を探る
次に抽出した言語スキルの指導可能性を探るため、60項目の言語スキルに関して首都圏120校の私立中学校を対象に次のような質問紙調査を行なった。
①国語科教員に対して:実際に指導しているかどうか。現時点で指導していなくても指導すべきか。
②学校図書館専門職員に対して:同じスキルを学校図書館で指導することが可能か。
質問紙調査の回答から、各言語スキルの指導可能性を【数式1】によって算出し図表に表した。数値が100に近いほど、指導できると回答した人数が多いことを示している。国語科教員は「指導している」「指導すべき」と答えた回答者を、指導可能とみなしてカウントした。【図1】【表1】
【数式1】指導可能性=指導可能と回答した人数/(全体の人数−無回答など)×100
【図1】のレーダーチャートを見ると、国語科で指導可能なスキルと学校図書館で指導できるスキルとがあまり重なっていないことがわかる。学校図書館が国語科の指導だけでは足りない部分を補える可能性が示唆された。
さらに、質問紙調査の結果からは興味深い事実が明らかになった。双方の数値がともに低く、指導不足の可能性が高い項目が少なくないことだ。【表1:ピンク色の部分/ともに70を切った項目】
「ともに指導可能性が低い項目の多くは、 『書く』ことに関わるスキルでした。これらは主にアメリカのLanguage Artsで教育される内容から抽出した項目です」。
この結果から、日本の言語スキル教育では特に、具体的な書き方や決められた構成で書かせる指導が弱いことが示唆された。またこの結果は、PISAで自由記述(論述)型の問題に無答率が高かったことの裏付けになっているともいえる。
「考えるためのスキル指導が十分でないから書けないということです。まとめて書くためには考えなければなりません」。日本の子どもたちには「論理や思考」に関わる言語スキルの指導が不足しているといえそうだ。
「アメリカなどの学校図書館では『グラフィック・オーガナイザー(以下、GO)』と呼ばれる『ワークシートや図表(フォーマット)』を、子どもの思考を支援するために利用しています。たとえばベン図は『比較と対照』という思考の枠組みを用いて考えさせるフォーマットです。思考を図式化し、考える枠組みやプロセスを可視化することで、思考を言葉にしやすくなる効果があると考えられています」。
日本の学校図書館でもGOを利用し思考を可視化する指導を行えば、思考力の育成につながるのではないか、と桑田さんは考えた。
【図1】図書館・国語科のスキル指導可能性
【表1】「思考カ・判断カ・表現力」を育成するために必要と考えた言語スキルと、図書館・国語科のスキル指導可能性
各教科と学校図書館で練った子どもたちにとって最善の協働授業
そして【表1】で判明した指導可能性の数値が低い言語スキルからいくつかを選択し、学校図書館が国語科と社会科の教員と協働してそのスキルを指導する実験的な授業を行い、効果を検討した。選択したスキルは国語科よりも図書館での指導可能性が高かった3項目、
9:書籍全体の構成のつかみ方
18:ベン図を書いて考える方法
42:グラフなどの図表の読み解き方
に加え、全般的に指導可能性が低かった「書く方法(5:論証のしかた、を含む)」だ。
扱った単元は、協力私立校の中学3年生の古典「木曾の最期」と中学1年生の地理「中国」で、ともに6時間授業を行なった。
「協働授業の内容は国語科と社会科の教員、司書教諭たち全員で時間をかけて練りました。子どもたちにとってベストな協働授業はどういうものか、教科の枠を超えて検討できたことは非常にいい成果でした。 GOのフォーマット考案や単元選びの際も、各教科で共通したフォーマットが使えれば子どもたちは学びの繰り返しができるよね、など、グローバルな言語能力の育成という目標を共有できたこともよかった」。
図書館が学習の計画段階から加わることによって、教科横断的かつ重層的な言語スキル指導の可能性が開けたといえそうだ。
各シートは図書館発の教材とし、どの教科でも利用可能にした。
「各授業で使うシート、図書館が指導するシートの使い方、教科教員が使う教材などをワークブックとして1冊にまとめた点も新しい試みです」。
授業後に、今回の協働授業を生徒がどう受け止めたかを質問紙調査によって検証したところ、次のようなことが明らかになった。
•各シートの利用やグラフ読み解き指導が役にたったか(有用性1)という設問に「役立った」と回答した生徒が、いずれも8割を超えた
•各シートやグラフの読み解き方が今後の学習に使えそうか(有用性2)という設問に「使えそうだ」と回答した生徒が、いずれも7割を超えた。
•なぜこのシートを利用するのか(利用方法の理解度)は、有用性よりは若干低い傾向がみられた。
意見文シートに関しては、今後の学習に利用できるかの有用性2のみを問うた。生徒が「考えるための型」を教科横断的な知識として認識しているかどうかを検証するためだ。
古典「木曾の最期」では7割弱、地理「中国」では7割強の生徒が肯定的な回答であり、意見文シートの利用方法の理解度が高い生徒ほど、今後の有用性を強く感じている傾向が見られた。
また、意見文シートを使った文章作成指導は教員側からの肯定的な反応が大きかった。理路整然とした文章を書く生徒を目の当たりにして効果を実感し、多くの教員が「教科横断的に行う意義」を見出していることも明らかになったという。
生徒たちの反応も「学校図書館の専門職員が教科の授業に参加したことに違和感がある」という回答が半数を占めたものの、協働授業に対して肯定的であり、学習意欲の向上に良い影響を与えたこともうかがえた。
•比較すること、自分の考えを出すことにより、その物語について深く考え、知ることができたので良かった。
•進みかた、授業の仕方が普段と違い、新鮮だった。場所が変わったこともあり(授業を図書館で行なった)、つまらないという気持ちがなかった。
地理「中国」の授業で使ったワークブック
課題から見えてきた"新たな課題" 次なる学校図書館の役割を模索中
これらの結果から桑田さんは、言語能力の育成に果たす学校図書館の教育的な役割として、思考を可視化する「考える型」を利用した学習指導があること、それは国語科の指導を補うのはもちろん、学校図書館がハブとなり各教科と目的を共有した協働授業を行なうことで新しい教育展開の可能性が開け、なにより生徒の学習内容が充実することにつながる、と助成研究の意義をまとめた。
「学校図書館の教育機能の間口を広げる結果につながったのは大きな成果のひとつです。助成終了後、成果報告書に書き尽くせなかった詳細をまとめて自費出版し、教科教員と学校図書館職員を対象に学習会を開きました。図書館が読書の推進だけにとどまらず、子どもたちの思考力の育成や言語活動の充実にも寄与できる力を持っていることを広く知ってもらえたと思います」。
続けて、
「協働授業を実施させてもらった学校では、助成研究時に考案した各種シート教材を今でも図書館に置いてあり自由に使えますし、図書館の先生が教科の先生と一緒に授業を行なったり、図書館で授業を受けたりすることに、生徒たちは何の違和感も抱いていないようです。あの時がスタートだったと改めて思います」。
課題も残った。
「学んだ思考の型を他の学習でも使えるようになるのか、知識の転用については詳細な分析や検証ができませんでした」。
実は協働授業協力校で、知識の転用に関する調査を試みたことがあるそうだ。
「ずっと同じシート教材を使ってくれている学校なので、生徒に諮ってみたことがあるのですが、意図していたほどの転用はできていませんでした。社会科で使った比較対照シートを理科の授業でも使って書き込むことはできますが、シートを提示せずに比較対照をさせたらできなかったのです。これは今でも課題ですし、課題というより限界かなと思っています。型の模倣で到達できる限界ですね。型をどうはずせるかが最近の新たな課題になっています」。
ヒントはアメリカの学校図書館にあると桑田さんは言う。
「メーカースペースと名付けられたコーナーが図書館内にあるのです。そこには3Dプリンターが置かれ、プログラミングしたりモノづくりをしたりします。モノを作る過程で生徒は資料を調べたりネットで検索したりしながら思考を巡らせると思うのですが、手を動かしつつ考えることが型をはずすひとつの方向性だと考えられています。教えられている瞬間に型をはずさせるのは難しいのですが、生徒が自ら学んでいるその瞬間だとはずれるようなのです」。
大工の棟梁に教えられた技巧、踊りの師匠に教えられた型を、手を動かし体を使いながら納得し、体得していく過程に似ているのかもしれない。
子どもたちが自発的に考えて判断せざるを得ない状況を図書館がつくり、その中で、どう自らの力で型を引き寄せてくるかを見ていきたいと言う桑田さん。「学校図書館教育研究会」の代表も務めており、助成研究の共同研究者も、会のメンバーだそうだ。
「私が司書教諭だったころに、小さな勉強会を発足したのが研究会の始まりです。学校図書館の新しい可能性を切り開こうという趣旨で、お互いの取り組み事例を紹介したり、最新の図書館教育を検討する勉強会を開いたり。学校教育の中に現状では欠けているものがあるなら、何かで補ってやらないと子どもたちの学びは充実したものになりません。助成研究当時はそれが思考力や言語スキル指導の担い手でした。そんなことを図書館が?と否定的な声もありましたが、志を同じくする人たちと成果を残せたことが今につながっています。昨今、 STEM教育とかSTEAM教育といわれていますが、プログラミング言語に代表されるデジタルな言葉や思考など、理系的な情報言語にどう日本の学校図書館が寄与できるか、課題は尽きないですね」。
自費出版した『思考力の鍛え方 学校図書館とつくる新しい「ことば」の授業』
(桑田てるみ編著 学校図書館とことばの教育研究会 静岡学術出版)
協働授業で指導した言語スキルごとの授業内容
9:書籍全体の構成のつかみ方〔古典〕
GO:プロットシート【図2】
あらすじを図式化できる「プロットシート」を「読む」支援として用いた。まず図書館司書が絵本『木曾義仲(源平絵巻物語第4巻)』を読み聞かせ、物語の筋をシートで確認させながら「情報の取り出し」を指導した。絵本には教科書では割愛されている物語の全容が語られているため、生徒は「木曾の最期」の前後をつかむこともできる。最終的には白紙のプロットシートに教科書の筋を書き込む。生徒は全体の構成のつかみ方を段階を踏んで2度練習したことになる。
【図2】プロットシート
18:ベン図を書いて考える方法〔古典・地理〕
GO:比較対照シート【図3】
ベン図は「類似点」と「相違点」を明らかにする思考の整理のためによく使われるGO。助成研究では、生徒にとってよりわかりやすくなるよう、2つの事象を比べて「類似点」と「相違点」が一目でわかるシートに改良した。古典では「木曾義仲」と「今井四郎」の比較、地理では「中国西部地域」と「中国東部地域」の特色を明らかにするために利用した。 「教科が違っても、図書館に置いてある同じシートを使えば「比較対照」ができるのだなと生徒に理解してもらえる。最終的には知識の転用ができるようにならないか、と考えていました」。
【図3】比較対象シート
42:グラフなどの図表の読み解き方〔地理〕
GO:プロットシート【図4】
図書館が主導した。図書館には統計資料が多数あり、資料内のグラフを読み取る指導を学校図書館が行うよう推奨されている。
【図4】グラフ指導
書く方法(5:論証のしかた、を含む)〔古典・地理〕
GO:意見文シート【図5】
目立って指導可能性が低かった「書く方法」を指導するため、論証の型「トゥールミン・モデル」を簡便な形にアレンジした「意見文シート」を考案した。テキストから根拠を抜き出し埋めることで簡単な意見文が書けるよう導くスタイルにし、古典では木曾義仲と今井四郎を比較した意見文、地理では中国東西の違いをもとにした意見文を書かせた。
【図5】意見文シート