コラム

Vol.124

by ひきたよしあき 2025.10.15

「思いやり」のコトダマ

子どもの頃から「がんばれ」という励ましの言葉が苦手でした。
小学1年生のときに、ピアノの発表会があった。はじまる直前に先生と家族に、「がんばれ!」と声をかけられたら急にドキドキし始めました。結果は、散々。「がんばれ」に負けてしまいました。

大学受験のときも「がんばれ」と言われるのが嫌だった。プレッシャーどころか、無責任な応援をする相手を憎む気持ちすら生まれました。

これまでに5回、入院した経験があります。交通事故からがんまで、病気は色々ですが、「がんばれ」と声をかけてくる人がいるのは同じでした。
言われるたびに、

「これ以上、どうがんばればいいんだ!」

と怒りが頭をよぎりました。

こんな私は、「がんばれ」という言葉が嫌いです。歌の歌詞にでてくるとすぐに止めてしまいます。

【自分を思いやる言葉】

今は、大学で学生を教える身です。学生たちに「がんばれ」と言うことは100%ありません。

                       

その代わり、自分の経験を通して、学生に自分を「がんばらせる」考え方を伝えています。

それは、「自分への思いやり」です。

自分に対して、

「完璧じゃなくていいんだよ」

と自分に声をかける。
自分を責めず、友人に接するように自分に優しく接する。

2000年代に心理学者 クリスティン・ネフ氏が提唱した「セルフ・コンパッション」という考え方です。

一見、自分を甘やかしているように見えますが、「完璧じゃなくていい」と自分自身に声をかけると、不完全なままでも教室で意見を述べられ勇気が湧きます。
作文を書き進める気力が湧いてくるものです。

「完璧でないから見せるのが恥ずかしい」

          

という気分に振り回されなければ、人は積極的に行動できるようになるものです。

クリスティン・ネフ氏は、

「自分に優しくすることは、甘やかしではなく、強さの源です」

と言っている。

「自分は、完全な人間でもなく、完璧なものなどを作ることはできない。だから、間違いながら、前にむかっていくんだ」

と思えることが、本当の意味での「がんばる」ということではないでしょうか。

「がんばれ」というプレッシャーに弱い子は、私の時代に比べると確実に増加しています。それでいて、「がんばれ」と無責任に言葉や絵文字やスタンプを送る人も増えています。

それに負けないためにも、自分で自分に優しく声をかける。
「思いやり」のコトダマを自分の中に持つことが大切です。

世の中が複雑になり、価値観も多様。
こんな中で、「がんばれ」と言われても、何をどうがんばればいいのかわからない。

               

正解のない時代だからこそ、自分で自分に、

「完璧じゃなくていいんだよ」

と声をかけ続けることで、がんばる力を身につけたいものです。

「セルフ・コンパッション」、ぜひご活用ください。

  • ひきたよしあき プロフィール

    作家・スピーチライター
    大阪芸術大学客員教授
    企業、行政、各種団体から全国の小中学校で「言葉」に関する研修、講義を行う。
    「5日間で言葉が『思いつかない』『まとまらない』『伝わらない』がなくなる本」(大和出版)、「人を追いつめる話し方、心をラクにする話し方」(日経BP)など著書多数。