コラム

Vol.88

by ひきたよしあき 2022.10.17

思い出のコトダマ

父が転勤族だったので、
小学校で3回転校しました。

2年おきに学校が変わる。

せっかくできた友だちも
2年ごとにお別れです。
おかげでクラスや学校に
なじめない時間の多い子どもでした。

押し入れには、段ボールが
いつもありました。

引越しで詰めた段ボールですが、
すぐに開ける必要がない。
そう思ってしまっておくと、
次の引越しの機会がやってきます。

開けてみると、もう使わないもの
ばかりです。
2年前のものなのに、やけに子どもじみて
見えて、結局そのまま捨てました。

次に引っ越すとき、また開けない段ボールが
できます。それも押し入れに入ったまま、
次の引越しのときに捨てられる。

引っ越すたびに、当面は使わない段ボールが
生まれます。それを開けたときに、
「なんだ、こんなものを大事にしていたのか」
と思う。当時は楽しかった遊び道具に
全くときめかない。
そんな段ボールを捨てながら、私は
少しずつ大人になっていったように思うのです。

先日、小さな引越しをしました。
家を変わるのではなく、新しい事務所に
荷物を送る程度のもの。小さなトラック一台分の
荷物運びでした。

それでも家の中をひっくり返して、
あれこれもっていきたいものを選りすぐる。
その時、押し入れの中に段ボールがありました。
20年以上開けたことのない段ボール。

「何が入っているのだろう」

と開けてみたら、高校時代のアルバムが
出てきました。

学生服の私、痩せて長髪の私、
フォークギターを弾いている私、
そんな写真に混じって、女子校の文化祭の
チケット、当時好きだった子のスナップ、
大学受験のときの証明写真などが
次々と出てきました。

しばらく引越しの仕事をやめ、
その場に座って、長い時間眺めて
しまいました。

きっとこれは、私だけのことでは
ないでしょう。

家の中にひとつやふたつ、
長いこと開けていない段ボールがある。
そこには時の止まった品々が詰め込まれ
ていて、時折私たちをその時代につれ
戻してくれます。

子どもの頃は、この手のものをあけると

「なんだつまらない。こんなものが
好きだったのか」

と呆れた気持ちになった。過去を振り返っても
「懐かしい」という気持ちがさほど起きなかった
のでしょう。

ところが今はどうだ。

段ボールの封印を解くと、
「思い出のコトダマ」が飛び出してくる。
そして私をあたたかく、なつかしく、
もう戻れない時代への切なさや悲しさの
感情を呼びさましてくれるのです。

そのアルバムは、段ボールから取り出され、
今では私のベッドサイドにあります。

寝る前に、今日1日の心の痛みをとって
くれる鎮静剤になってくれています。

  • ひきたよしあき プロフィール

    作家・スピーチライター
    大阪芸術大学客員教授
    企業、行政、各種団体から全国の小中学校で「言葉」に関する研修、講義を行う。
    「5日間で言葉が『思いつかない』『まとまらない』『伝わらない』がなくなる本」(大和出版)、「人を追いつめる話し方、心をラクにする話し方」(日経BP)など著書多数。