コラム

Vol.52

by ひきたよしあき 2020.05.11

規律のコトダマ

麻菜さんは、小学校5年生の頃から
私と文通しています。
現在、私立中学の2年生。

「東京は、外に出られなくて
大変でしょう」

と、自宅のベランダから見える
夕焼けを写真に撮って同封して
くれる優しい子です。

彼女の住む街にも「自粛要請」が
でています。
3月から学校には行けません。
図書館も閉鎖されています。

大の読書好きな彼女は、家にある
本を何度も読み返していたそうです。

しかし、それにも飽きた。
ピアノの練習も毎日していますが、
ある日、突然つまらなくなったそうです。

家でゴロゴロする時間が増え、
お母さんとのケンカがひっきりなしに
なりました。

そんな時、学校から連絡がありました。

「朝の礼拝を動画配信します。
毎日、それを見てお祈りを捧げてください」

見ると懐かしい学校の礼拝堂です。
そこで先生が、お話をしてくれるそうです。

麻菜さんの生活が、元に戻ってきたのは
これがきっかけでした。

朝、ちゃんと定時に起きて、動画を見て、
祈る。
同じ時間にご飯を食べると、すっかり
読まなくなっていた新聞に手が伸びた
そうです。

一週間に一度送られてくる課題も、
ちゃんと時間通りにこなすようになった。

リズムが戻ってきたので、私に手紙を
書く気にもなったと正直に書いています。

「コロナのせいで、世の中も
うまくいっていなくて、気分が暗くなる
ことも多いです。父の仕事もテレワーク
になったのですが、Wi-Fiがリビングに
しか飛ばないので、私は家の中で
『おじゃま虫』です」

と自宅の情景を上手に描写してくる
彼女は、図書館がひらいたら
「アンネの日記」を読みたいと冗談
まじりに書いていました。

私は、これを読み、「規律」の大切さを
再認識しました。

「規律」とは、社会生活・集団生活において
人の行為の規準となるものです。

しかし今は、集団生活を送ることが
自粛要請されています。

集団から離れ、一人になると、どうしても
甘くなる。
人間なら仕方のないことでしょう。

だからこそ、この学校は、授業や課題の前に
「朝の礼拝動画」を配信したのでしょう。

「学校にくることができなくても、毎日
規則正しく、過ごしなさい」

そんな「規律のコトダマ」がこの動画には
込められているのでしょう。

麻菜さんの手紙の最後はこう結ばれています。

「外に出歩けるようになったら、また
写真をとります。また手紙を送ります。
お元気で」

麻菜さんが初夏の美しい緑の中を歩く
姿を想像すると、自粛の長くなった
私の部屋に、すっと涼風が吹いた気がしました。

  • ひきたよしあき プロフィール

    作家・スピーチライター
    大阪芸術大学客員教授
    企業、行政、各種団体から全国の小中学校で「言葉」に関する研修、講義を行う。
    「5日間で言葉が『思いつかない』『まとまらない』『伝わらない』がなくなる本」(大和出版)、「人を追いつめる話し方、心をラクにする話し方」(日経BP)など著書多数。