児童教育実践に
ついての研究助成

研究紹介ファイル
No.29 上田 紋佳氏

北九州市立大学 文学部 人間関係学科 准教授

書く力、読む力、読書量の関係性を縦断調査で実証的に検証
根拠に基づいた指導方法につなげて欲しい

北九州市立大学 文学部 人間関係学科 准教授 上田 紋佳氏

もともと読書と読む力の関係について研究してきた上田さん。あるとき「読書が読解力や語彙力を伸ばすのはわかるが、作文を書いたり、自分の考えを伝えたりするアウトプットにはどんな影響を及ぼすのか」と問われ、それまで持っていなかった視点に興味を抱いたという。

「先行研究を調べたところ、読書と読む力の研究は国内外ともに数多くされていました。けれども読書と書く力の研究は私の知る限り日本には見当たらなかったのです。当時のPISAや全国学力・学習状況調査の国語分野の結果から、書く力の育成は大きな課題であると指摘されていたにも関わらず、特に小学生の書く力に関する研究が不足しているとわかり、ぜひやってみたいと思いました。」

さらに海外の先行研究を調べていくと、英語では読む力と書く力は相互に影響しあっていることが実証的な研究*1で報告されており、読む力と書く力は相互に強く依拠していることも明らかにされていたそうだ。

「その頃、現場の先生から"読解力を育てる指導方法がわからない"と相談されたこともきっかけのひとつです。読む力と書く力が相互に影響しあっているのなら、書く力を育てる指導が連動して読む力も伸ばす相乗的な指導法になる可能性があるのでは、と考えたのです。」

また、海外の先行研究によると、読書は読む力と書く力に共通するスキルを高めるため、読む力だけでなく、書く力をも向上させることが期待されるという。

そこで上田さんは国内では未開拓の分野に切り込むべく、書く力と読む力の相互作用および読書との関係性に着目し、それらが影響を及ぼしあうメカニズムや児童の発達的変化を明らかにすることを助成研究の目的とした。【図1】

*1 観察、実験、テスト、調査などから得られた客観的データや数値を根拠に、仮説や問いを検証する研究手法。

縦断調査にふさわしい日本児童向けの作文課題を新たに構築

上田さんの助成研究の最大の特徴は、同一の児童を追跡する「縦断調査」を行ってデータを収集し、因果的影響の方向を明らかにできる「交差遅延モデル」という手法を用い分析した点だ。【図2】

ある一時点のデータを分析する「横断調査」では「読書量と読解力に相関関係がある」ことはわかっても、「読書が読解力を伸ばしたのか」あるいは「読解力が高いから読書量が増えたのか」という因果的影響の方向までは実証できないのだそうだ。

「どちらが原因でどちらが結果なのか、その方向を明らかにできないと、書く力を指導すれば読む力も伸びますよ、とか、読書指導をすれば書く力の育成にも影響がありますよ、と現場の先生方に根拠を持ってお伝えできません。エビデンスに基づいた指導方法につなげたいと思いました。」

図1

【図1】上田さんの研究のアウトライン

図2

【図2】交差遅延モデル

上田さんが実施した縦断調査の詳細をみていこう。

【調査対象】関東にある公立F小学校1年生~5年生 計143名 全員まとめて分析
【調査時期】2021年3月(Time1)、2021年11月(Time2)
【調査項目】「書く力」「読む力」「読書量」の3つを対象に課題・テストを実施
使用した課題・テストは次の通り。【表1】

【書く力】作文課題2種類

児童が普段の授業でも馴染みのある説明文課題と物語文課題を選定した。作文研究は、評価の際には異なるジャンルの文章を比較する必要があるそうだ。

【読む力】市販のReading-Test

実践現場にもよく知られており先生方が使いやすい。本研究では語彙力テストと文章理解力テストを行った。

【読書量】タイトル再認テスト(TRT:Title Recognition Test)

読書量の推定には図書貸出数が使われることもあるが、図書館の活用状況などに学校差があるため、今回は累計的な読書行動を反映できて安定した指標であるTRTを採用したそうだ。【参照1】

注目すべきは「書く力」を測定するために、海外の研究を参考にしながら独自の作文課題やルーブリック(評価基準表)を構築するところから研究を始めた点だ。既存の作文課題を検討したが、縦断調査に適した日本児童向けの課題が見つからず、ミネソタ大学学習障害研究所で開発されたカリキュラムに基づく測定(CBM:Curriculum-Based Measurement)による作文課題を参考にしたそうだ。縦断調査を行う前に、作文課題だけの予備調査を実施し、使用にふさわしいかどうかを丁寧に検証した上で採用とした。【参照2】

「書く力」の評価測定は、最も苦心した点だという。

「作文の評価にはいくつかの方法がありますが、今回は量と質に分けて評価する方法を用いました。

【書く力の評価(採点)方法】
量的評価:文節数、漢字数
質的評価:ルーブリック評価

事前調査の結果も踏まえ、量的評価はCBMを参考にして文節数、漢字数を指標にした。質的評価は海外で最も広く使われているEducation Northwest (2018)の「6+1 Trait Writing Rubrics」を参考にルーブリックを作成し6段階[1:初期段階の 2:伸び始め 3:発展中 4:及第点の 5:熟達した 6:非常に優れた]で評価した。【表2】

143名分の作文を2種類ずつ読み、目視で文節や漢字にチェックを入れ、ルーブリック項目に沿って評価・採点し集計データを分析するのは並大抵の労力ではない。

【表1】調査項目一覧

【表1】調査項目一覧

【表2】作文評定に用いたルーブリックの項目

【表2】作文評定に用いたルーブリックの項目
【参照1】1,2年生用タイトル再認テストの一部

【参照1】1,2年生用タイトル再認テストの一部

【参照2】1,2年生用説明文課題

【参照2】1,2年生用説明文課題

読書から書く力への影響を国内で初めて実証
書く力と読む力の相互作用も明らかに

分析の結果、書く力・読む力・読書量の3つの間に、極めて興味深い動的な関係が4点確認された。
以下4つの結果について上田さんの考察を交えながら紹介する。

◎読む力(語彙力・文章理解力)・書く力(量的評価:漢字数)・読書量の関係

【図3の矢印ⓐ矢印ⓑ

矢印ⓐ 読む力(語彙力・文章理解力)から書く力(漢字数)への正の影響
◆ 読む力が高いほど、作文の漢字数のスコアが高くなる

「読む力が高い子ほど、作文を書く時に漢字をたくさん使えるという点については、語彙学習の側面を反映しているのではないかと考えています。語彙力や文章理解力が高い児童は知らない漢字に出会っても、文脈からその意味や用法を推論して学ぶ"文脈からの語彙学習力"を身につけており、その蓄積が漢字使用能力(書く力)へとつながっているのではと考察しました。漢字の力をつけたいなら読む力をつけるのが良い、という結果になっています。」

矢印ⓑ 読む力(語彙力・文章理解力)から読書量への正の影響
◆ 読む力が高いほど、読書量が多くなる

本研究の共同研究者である猪原敬介氏(研究紹介ファイルVol.2『読書を科学する』FileNo.5を参照)は読書量が読む力を予測することを横断調査で検討、その後、縦断調査で読書をすると読む力がつくことを実証しているという。

「今回の私の調査では、その逆、読む力をつけると読書量が増えるという結果が出ました。他の先行研究には読む力と読書量には双方向的な影響があるとの報告もあり、それらを総合的に検討すると、読む力と読書量との関係は全体的には双方向であるが、発達段階などの影響により部分的には単方向になり得るという全体像が見えてきました。本調査結果も、そのような全体像の一部であると考えられ、より参加者数を増やした縦断調査で発達段階を見ていくことが必要だと思っています。」

読む力の高さが、直接的に読む力を育成するだけでなく、漢字を書く力や読書量の増加にも影響を及ぼすのは興味深い。

【図3】読む力(語彙力・文章理解)・書く力(漢字数)・読書量の関係

【図3】読む力(語彙力・文章理解)・書く力(漢字数)・読書量の関係

◎読む力(語彙力・文章理解力)・書く力(質的評価:ルーブリック)・読書量の関係

【図4の矢印ⓒ矢印ⓓ

矢印ⓒ 読書量から書く力(ルーブリック得点)への正の影響
◆ 読書量が多いほど、作文の質的得点が高くなる

「読書量」から「書く力(質的評価)」への因果的な影響を実証的に明らかにしたのは上田さんの本研究が初めてである。

「海外の先行研究では、書く力は、言語を通して書く内容のアイデアを生み出す能力と、そのアイデアを文章の形にする能力、ふたつの技能で構成されると言われています。読書を通じて多様な知識や語彙を習得したり、物語の構成案に触れたりすることが、児童自身のアイデアの発想や表現力の向上に直接的に寄与しているのではないかと考えます。つまり読書指導は書く力の育成につながる可能性があると言えるのではないでしょうか。」

矢印ⓓ 書く力(ルーブリック得点)から読む力(文章理解力)への正の影響
◆ 作文の質的得点が高いほど、読む力(文章理解力)が高くなる

「作文の質が高い児童ほど、その後の文章理解力が高くなる、という経路が示されたのですが、先行研究では逆の影響が報告されています。この点については、作文の質が高い児童は高い作文技能を持っており、その技能が文章理解を助ける働きをした可能性があると考えています。」

これらの結果を受け、上田さんは助成研究の意義を「作文指導について、作文スキルを高めるためだけの指導としてではなく、言語力や言語活動を総合的に伸ばすための指導として捉え直す観点を与えた」とし、続けて「作文指導や読書指導を始点とする、児童の言語能力全体を引き上げる指導方法の在り方について、その実証的基盤を提供している点が本研究の最大の成果だ」とまとめた。【図5】

「縦断調査は継続して昨年まで実施しました。協力校も増え、3年間、5年間のまとまった追跡データが手元にありますので、これらをより詳細に分析し論文を発表していきたいと思っています。実践的指導方法にはまだ至っていませんが、作文指導の効果の多様さを現場へ伝えることが、多忙な先生方のヒントになれば嬉しいですね。」

【図4】読む力(語彙力・文章理解)・書く力(ルーブリック)・読書量の関係

【図4】読む力(語彙力・文章理解)・書く力(ルーブリック)・読書量の関係

【図5】研究成果のまとめ

【図5】上田さんの研究で明らかにされた「書く力」「読む力」「読書量」の因果的影響

「伝えたい!」気持ちを育てることが書く力の向上につながる

縦断調査を実施した児童には、具体的にどのような影響が見られたのだろう。

「印象的だったのは、5年生の時に校内作文コンテストで優秀賞を受賞したK君の作文の変化、成長ぶりですね。彼が3年生の時に実施した説明文課題の作文は『僕は遠足でレゴランドに行きたいです。理由は行ったことがないし、』と途中までしか書けなかった。これが2年後には『僕は移動教室で大分県別府市に行きたいです。学習で大分県を学び、温泉の名所だと知りました。カボスなどさまざまな名物もあり......』と文章量も増えルーブリック得点が20点もアップしたのです。物語文課題も表現力の成長には驚くほどでした。K君の学校の研究発表会で報告させてもらったのですが、先生方も3年生の時はこんなに書けなかったんだ、とびっくりされていましたね。」

K君の作文の変容には何が影響したのだろう。

「個人データを見ても、特に読書量が増えたとか言語力が高まったなどの変化は見られませんでした。ただ、"伝えたい!"という強い気持ちが伝わってくる作文だと感じました。書く力の育成に重要な指導のひとつに、何を書きたいかという内発的動機づけ、つまりルーブリックのアイデアを持たせることの重要性があるのではないかと思っています。この点は先生方の聞き取りをするなどもう少し詳細に見ていきたいですね。」

さらに、上田さんのアンケート調査によれば「学年が上がるにつれて作文が徐々に嫌いになっていく」という現実も浮き彫りになったそうだ。

「作文に対する苦手意識は学年が上がってもあまり変わらないのですが、好意度が低下していく傾向があることがわかりました。児童が書くことを楽しんで続けられるような"嫌いにさせない指導法"が必要だとも思います。」

言語能力の発達的変化を継続調査
見えてきた言語発達の順序性

上田さんの助成研究のもうひとつの目的、各学年の言語能力の発達的変化については、サンプルサイズの問題(143名、全学年をまとめて分析)から検証できず課題として残った。助成後、上田さんは協力校を増やしてこの課題に取り組み、3年生⇒4年生、5年生⇒6年生の縦断調査結果から次のような発達的特徴を見出した。【図6】

「『作文スキル』は質的な書く力(ルーブリック得点)を指標にしています。3年生と5年生に共通して作文スキルから読解力(読む力)への影響が見られ、この結果は助成研究の結果と同じでした(【図4】参照:ルーブリック→文章理解力)。3年生では読解力から読書量へ、読書量から作文スキルへの影響、5年生では作文スキルから読解力と読書量への影響と異なった結果が出ています。ここからの考察ですが、低学年のうちはまだ書くことに慣れていないため、本をたくさん読んだり語彙力を養うなど読む力をつける段階、高学年になったら読む力にも読書量にも影響を与える書く力を鍛える段階、というように言語発達の順序性があるのではないかと考えており、さらに分析を継続中です。」

先行研究によれば読書と読む力の関係には「マタイ効果」があると指摘されているという。

「マタイ効果」とは、児童期早期に読む力を獲得した児童はより読書をし、さらに読む力を高めていくのに対して、読む力が低い児童は読書をしなくなり読む力を高める機会を失うというものだそうだ。上田さんの助成研究で明らかにされた、読む力と書く力が相互促進的に影響しあうことを考えると、小学校低学年期に「読む力」の育成に注力することが、高学年期の書く力の育成に影響するという言語発達的観点からの可能性も示唆されたといえそうだ。

【図6】3年生⇒4年生、5年生⇒6年生の縦断調査

【図6】3年生⇒4年生、5年生⇒6年生の縦断調査

作文指導方法の教育実装を実現すべく「実装科学」に注目

上田さんの研究は現在、「論理の実証的検証」から「指導法の開発と教育現場への普及」というフェーズに移行しつつある。

「日本では作文指導に関する研究もあまりなされていません。英語圏の研究で効果が認められている『自己調整方略学習』*2を日本の小学校で簡便に実施できるよう、パッケージとして開発できないかと考えていますが、どう日本の児童向けに改変していくかなどハードルは低くありません。まずは自分が携わっている学生の卒論指導に応用し、大学の初年度教育で学生の書く指導に注力しながら実践しているところです。」

一方、作文指導の有効性が科学的に証明されているにも関わらず、教育現場への普及には至っていないのは何故なのか、その理由にも大いに関心があるそうだ。

「阻害要因は何なのか、いま一番関心がある課題です。研究の分野では効果があると言われている指導方法や介入方法が現場で受け入れられない、学校で実践できない何かがあるのなら、それを特定し明らかにして作文指導法を教育実装するための枠組みを作っていくことが必要だと考えています。」

そのために上田さんが着目しているのが「実装科学」という新しい学問領域だという。

上田さんによれば「実装科学」とは、保健医療の分野で急速に発展してきた学問分野であり、エビデンスに基づく介入・実践を現場で「実際に使われ、続けられる」形にするための条件と方法を科学的に解明・最適化する学問だそうだ。

「調査に協力的な学校もあり、児童の調査結果のフィードバックをクラス替えの参考にしてくれた学校もあります。阻害要因だけでなく促進要因をも明らかにしながら、現場の先生方が活用しやすい指導法の開発と実践環境の整備を目標に、これからも子どもたちの言語能力の育成に寄与する研究を続けていきたいと思います。」

*2 学習者が自分自身の学習活動に目標を設定するなど能動的に関わり、自らの学習状況を把握・調整しながら主体的に学ぶ「自己調整学習」を実現するための方法。教師の指導を受けながら作文方略を習得し、最終的に学習者が自立的に作文方略を使用できるようになることを目指す。

調査協力校へのデータフィードバックの様子

調査協力をしてくださった学校には、児童一人ひとりのデータのフィードバックを心がけています。

  • vol.14 「書く力」を育む
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    この研究を掲載した冊子『研究紹介ファイル No.14』をPDFでダウンロードいただけます。