児童教育実践に
ついての研究助成

研究紹介ファイル
No.11 田部 絢子氏

立命館大学 産業社会学部 准教授(2018年3月末まで大阪体育大学教育学部 准教授)

本人・当事者の声に耳を傾け
食を通して、その子の発達特性に応じた支援ニーズを探っていきたい

田部絢子氏 「子どもの食」の分野に新たな地平を切り開いた調査として、新聞やテレビなどのメディアに注目された田部さんの研究。「食べる」という人間の基本的な行為を通して、学校生活、ひいては日常生活をおくる上でさまざまな困難を抱えた子どもたちが求めている理解や支援は何なのかを、本人・当事者への調査研究をもとに実証的に解明している。
発達障害児者の問題といえば社会性やコミュニケーション能力、興味の限定・こだわりの強さがよく取り上げられるが、田部さんによれば、発達障害児者の特性のひとつに極端な偏食や嚥下困難など「食にまつわる困りごと」が多々あり、その背景には「感覚過敏」など特有の身体感覚や、「ストレス・不安・緊張」からくる身体症状(身体の不調・不具合)が考えられることが先行研究で明らかになっているという。たとえば色や形に強く反応して特定の食材を身体が受けつけなかったり、味が混ざるのが嫌で丼ものは食べられないとか、人の目や物音が気になりレストランのような場所で食べるのはつらい、といった共通例が挙げられるそうだ。しかし「本人の感覚」は周囲には理解されにくく「わがまま」だ「自分勝手」だと叱責されてしまうため、その子にとって食事は苦痛となり、栄養不足から心身の成長にまで大きく影響を及ぼしてしまう。
「人間は生きている間に9万回くらい食事をするそうです。その9万回分の時間をどんな感覚や気持ちで過ごすかは、生活の質にも大きく影響すると思います」。
発達障害児者の食の問題をテーマにした調査はそれまでにも国内外を問わずあったが、保護者や家族を対象にしたものが多く、本人のリアルな困りごとや支援ニーズが明らかにされていないために具体的な支援提案が十分でない、という課題があった。そこで田部さんは、発達障害児者本人が感じている食の困難さの多様な実態と、彼らが求めている理解や支援を明らかすることを目的に助成研究に取り組んだ。《図1参照》

【図1】研究全体のイメージ

【図1】研究全体のイメージ

「偏食」の背景にあるのは「感覚過敏」や「ストレス・不安・緊張」

田部さんの研究を紹介しようとして驚くのは、その調査数の多さと分析結果の多彩さだ。本人をはじめ学校の教職員・保護者などいろいろな立場の人に質問紙調査を実施し、得られた回答を多角的に集計・分析し、少数意見もすくいあげる。助成研究中に行った調査は計5本(下図、『研究の方法』参照)、結果を示す図表は30を優に超えている。ごく一部しか紹介できないのが残念だが、明らかになった「当事者の思い」はどれもリアルだ。
田部さんはまず、市販・刊行されている発達障害当事者の手記およそ100冊の記述や先行研究をもとに「食・食行動の困難に関するチェックリスト」全306項目を作成し、高校生以上で発達障害の診断・判定を有する本人に回答してもらった《図2中の調査①》。さらに、比較分析のために東京学芸大学の学生で発達障害教育関係の講義の受講生からも回答を得た。
その結果、発達障害児者本人は受講学生とは異なる特有の身体感覚特性を持っており、先行研究の知見同様、彼らの「食の問題」は感覚過敏や身体調整機能(自律神経や免疫・代謝・内分泌系)に大きく起因していると推測されることがわかった。
【図3】は周囲の理解が得られにくいために困難が特に大きいと考えられる項目の上位で、第1位の「人の輪の中でどのように振る舞えば...」は発達障害児者本人のチェック率20%に対して受講生は1.7%と大きく差があり、人間関係に対する緊張や不安の強さが見てとれる。さらに12位「味が混ざるのが嫌なので、おかずを食べてから、ご飯に移る食べ方をしてしまう」、13位「自分が何を食べたいのかわからないので、毎日同じものを食べる」と続く。
【図4】は発達障害児者本人が困難と感じている項目の中でも特に困難を抱える傾向の大きい項目だ。同値7位「嫌いなものがメニューに入っている日は...」、15位「給食では居残りして食べさせられ、拷問であると感じた」、など学校給食にまつわる困りごとが挙げられているほか、18位「満腹中枢が上手く働かず、すぐに何かを食べようとしてしまう」、20位「疲れている時は舌を噛んだり、誤嚥しやすい」となった。
「食べるという行為は、[食物=異物]を直接口から体内に取り入れる、ある意味チャレンジングな活動です。私たちは経験や学習によって食べることを楽しめるようになっていきますが、不安や緊張が強い人たちは、そんなに簡単に受け入れられるようになるとは限りません。不安や緊張ゆえに食べられるものの範囲が狭くなっていると考えられるのです」。
だとしたら、好き嫌いをなくす訓練をするより「食べられない」理由の根っこにある不安や緊張、ストレスを解放するような支援の在り方が必要かつ有効なのではないか、というのが田部さんの考え方だ。田部さんはそれまで「わがまま」「自分勝手」と誤解されてきた発達障害児者の食の困りごとの多様な実態を本人たちの言葉で示し、本人が必要とする理解・支援の上位項目【図5】を明らかにした。

支援を求める子どもと担う教師かみ合わない互いの思い

こうして得られた発達障害児者本人の「食・食行動」に関する困りごと調査の結果を教育現場に活かすため、学校給食では子どもたちの食の困難にどのような配慮がなされ、課題は何なのかを明らかにすべく、東京都内の小中学校(通級指導学級、特別支援学級有り)と知的障害特別支援学校(小中高等学部)あわせて842校の学校給食担当教諭(回答者はほぼ学級担任)と、学校栄養職員(管理栄養士・栄養士・栄養教諭)に調査を実施した《図2中の調査②③》。
「当事者は、こんなことに困っているとか支援して欲しいと言っているが、それに対して学校はどのぐらい実現が可能ですか?と問いかけてみたのがこれらの調査です」。 2016年4月から障害者差別解消法が施行される直前の調査でもあり、特別な配慮が必要な児童生徒への対応準備は学校にとって喫緊の課題だった。
その結果の一例が【表1】《図2の中の調査② 》だ。さらに他の集計結果から、教師や栄養職員の回答には次のような傾向があることもわかった。

  • 【図3】や【図4】で示されたような困難を抱えている子どもたちがいることに担任や栄養教員は気づき始めている
  • 「学校給食における発達障害等児童生徒の気がかりな点」は姿勢、偏食、食事マナー、食具操作が上位にあがっている
  • 「学校給食を通した指導内容」は姿勢、偏食、食事マナー、箸の使い方、正しい食べ方、が上位となっている

「指導内容」の中で田部さんが着目したのが「正しい食べ方」だ。正しい食べ方とはどのような食べ方なのかを問うと、上位から「三角食べ」「器を持つ、手を添える」「よく噛む」「姿勢」という回答だった。
「私は10年間、中学高校で家庭科教師をしていたので、先生たちが正しい食べ方=三角食べ(※注)を指導しています、と言うのはよくわかります。が、子ども本人は味が混ざったものは食べられないと言っているわけで、お互いの思いがかみ合っていないのです」。
この、支援を求める側と担う側、双方の間に横たわるズレ、支援のミスマッチやパターン化した対応を無くしていくことは田部さんの研究の大きな目的のひとつだ。
「教師は三角食べがいいと言い続け、子どもは混ざった味は無理ですと言い続けている。この状況はどちらにもストレスフルですよね。互いの思いをすり合わせながら実現可能な支援を見出していく作業は必須だと思います」。

【図2】研究の方法

【図2】研究の方法 ※①〜⑤は調査した順番

【図3】食に関して周囲から理解が得られにくい上位20項目(χ2値比較)

【図3】食に関して周囲から理解が得られにくい上位20項目(χ2値比較)
※注:田部さんが表した上位20項目のうち下位10項目を割愛。項目の頭の数字はチェックリストの質問番号。

【図4】本人が困難を示す傾向が大きい上位20項目(標準正規偏差値比較)

【図4】本人が困難を示す傾向が大きい上位20項目(標準正規偏差値比較)
※注:田部さんが表した上位20項目のうち下位10項目を割愛。項目の頭の数字はチェックリストの質問番号。

みんなで考える特別支援ケースカンファレス

小金井市発達支援ネットワーク主催の「みんなで考える特別支援ケースカンファレス」では、田部さんも共同研究者の髙橋教授とともに講師をつとめている。この日は「(子どもの)感覚過敏・過敏症」について参加者(母親や学校・行政関係者、一般市民など)からさまざまな事例があげられた。

教職員が求めているのは研修と専門家たちとの連携

田部さんの共同研究者である東京学芸大の髙橋智教授も次のような話をしてくれた
「姿勢やマナーが悪い、と見えるのは、発達障害児者の身体的な不器用の問題、たとえば体幹が弱くて姿勢を保てないとか、手先が不器用(だから箸やスプーンが上手く使えず食べこぼしてしまう)などの課題が食事の場面で現れたものと考えられます。さらに口の中の不器用、という問題もあるのです。皆さんが普通にやっている嚥下=飲み込むことは、口腔と食道を連携させた動きが出来ないと、むせたり誤嚥がおこります。意識して練習やリハビリをしないと発達しない動きなのです。そこが未発達な子はうまく飲み込めず食べ物を口の中一杯に詰めこんで吐き出してしまう。この身体的な発達の課題をどう指導していいか先生たちもわからない現状があるのではないでしょうか」。
実際、調査②③からは、障害児の栄養管理・食事指導のあり方を学べる研修の必要性や、児童生徒の食・食行動についてアドバイスを受けられる校外の専門家(医師、口腔リハビリ専門家、歯科医、管理栄養士、言語聴覚士、作業療法士など)との連携が不十分だと感じている教職員が多数いることもわかった。発達障害支援を担う立場である教職員もまた、支援を必要とする当事者なのだ。
一方、食や食行動に特異な困難を抱える子どもたちがいることに気づいてはいるが、個別配慮は食物アレルギー対応で十分だと考える教職員がかなり多いことも明らかになった。そう考えてしまう理由のひとつを田部さんはこう解説する。
「文部科学省の『食に関する指導の手引き』には、生活習慣病、摂食障害などの[疾患]には個別対応が必要だと書かれているのでアレルギーまでは含まれるのですが、医学的な証明がないものに関しては対応の例示にも出てこないのです。せめて例示の中に『極度の偏食』とか『感覚過敏による食の困難』といったひとことが入っていれば、管理栄養士・栄養士の業務範疇に入ってくるのですが...」。さらに、
「私も管理栄養士の資格を持っていますが、栄養学を学ぶ際に障害のある子どもに対する指導法や栄養管理を専門的に学べる時間はありませんでした。栄養職員の養成課程の中でスペシャルニーズのある子どもや大人に対応できるカリキュラムを再考することも必須だと考えています」。

ディスカッションの一コマ
カンファレス前に打ち合わせをする(田部さんの右から) 髙橋教授、ひまわりママの小幡さんと清水さん。

子どもは全員支援ニーズを持つ存在

これらふたつの学校調査結果を受け、田部さんは「チェックリスト」を改良して小中学生にまで対象を広げた本人調査を行い、高校生以上の青年には子どもの頃を振り返って回答してもらった《図2中の調査④》。
「調査①で得られた内容は十分なものでしたが、学校問題と絡めて現実的な支援を組み立てていくには、現在進行形で困っている児童生徒に迫りたいと思ったのです」。
実際、調査②③からは、障害児の栄養管理・食事指導のあり方を学べる研修の必要性や、児童生徒の食・食行動についてアドバイスを受けられる校外の専門家(医師、口腔リハビリ専門家、歯科医、管理栄養士、言語聴覚士、作業療法士など)との連携が不十分だと感じている教職員が多数いることもわかった。発達障害支援を担う立場である教職員もまた、支援を必要とする当事者なのだ。
さらに、その子たちの保護者にも同様の質問調査を行った《図2中の調査⑤》。発達障害の診断・判定を有する、あるいはその疑いがある子どもの保護者のみを対象にした調査は田部さんが初めて。貴重なデータだ。
「発達障害児者本人とその保護者の間では、困りごとや必要な理解や支援のほぼ同じ項目にチェックがついていました。子どもの困りごとを身近にいる親はよくわかっているからだと思いますが、『食事を作ることに時間や手間をかけることをやめたい(やめた)』『食事介助の時などに怒鳴ったり、叱責してしまったことがある』など育児ストレスに悩む生々しい声も聞かれました。これからは特に母親や家族が抱える困難にも目を向けて支援していかなければと思っています」。
親や子どもたちが求める支援【図6】は、残すことも認めてほしい、食べられない理由を聞いてほしい、一緒に考えてほしい、という基本的なことがほとんどだ。
「違うメニューを作ってほしいとか、味を変えてほしいといった手間暇のかかることを求めているわけではないのです」。
こういった当事者の声を、講演活動や地域ネットワーク主催のカンファレンスなどで伝え「知っている人を増やす」という地道な取り組みを田部さんは続けている。そもそも「発達障害児者本人への質問調査」はどこかの機関に頼めば引き受けてもらえるものではない。何より信頼関係あってのことだ。髙橋教授を軸としてつながってきた「ひまわりママ(発達にアンバランスのある子どもの親の会)」や「黄金ネットワーク(障がい児の父親の会)」などにも協力を得て本人調査は成立した。
「本人のことは本人に聞き、一緒に考えることが信頼関係の第一歩だと思っています」と田部さんは言う。続けて、
「それは子どもの言うことでしょう?!と発言の信憑性を差し引く傾向が大人にはありますが、子どもが言ったことを起点に支援を考えていくことがいかに大事かを、さまざまな立場の人たちと共有していきたいですね」。
たとえば調査①同様、調査④でも本人が理解・支援を求める項目の上位に「揚げ物の衣をはがしたり、ソースをかけたりすることを認めてほしい」があるが、 「コロッケやトンカツの衣がまるで剣山の針のように口の中に刺さる感じがするので、衣をはがしたり、ソースをたくさんかけて衣を柔らかくしたりするのです。お行儀の悪い子だ、家の躾がなっていない、と見えるかもしれませんが、彼らはそうしないと口の中が痛くて食べられないのです」。
こういう、本人もどうしていいかわからない困りごとを、
「担任の先生が親身になって聞いてくれる、気持ちをわかってくれる、それが何よりの支援になると思います」。
このように「子どもの声を傾聴し、読み解く」"通訳"であり、「保護者、教職員、行政、医療機関、それぞれの立場で困っていること、出来ることや出来ないこと、つまづいていることなどをいろんな角度から検討し、互いを調整して結びつけていく」"コーディネータ"のような役割を果たしていきたいと田部さんは言う。
そのためにも、より立体的に子どもたちの「食の困難」を見ていこうと助成後も調査を続け、現在は学芸大学の附属小学校と、愛知県の高等学校 ̶ 普通科、看護科、定時制や通信制、いろんな校種や科がある ̶ で食に関するデータを取り分析している最中だという。また以前から少年院でもヒアリングを行っており、日々の生活自体に不安や緊張を強いられていたであろう彼らの食の困難についても調査を継続中だそうだ。
「発達障害のあるなしに関わらず、緊張や不安を背景に持つ『発達に特別なニーズを持つ子』と考えれば、さまざまな子どもたちが範疇に入ってきます。発達特性はどの子も持っているものだし、子どもは全員、支援ニーズを持つ存在です。いろんなタイプの子どもたちを見ていきながら、データを踏まえた根拠のある、具体的支援を組み立てて現場に提示していきたいと思っています」。

※注:現在、「三角食べ」を指導するよう定められた規定はない。日本人は口中調味=味付けのない白米とおかずや汁物を口の中で混ぜ合わせることで微細な味覚を発達させてきたと言われている。

【図5】本人が必要とする理解・支援の上位20項目(χ2値比較)

【図5】本人が必要とする理解・支援の上位20項目(χ2値比較)
※注:田部さんが表した上位20項目のうち、下位5項目を割愛。項目の頭の数字はチェックリストの質問番号。

【表1】先行調査発達障害児者本人の支援ニーズの学校給食における配慮実施の可能性(平均値)

【表1】先行調査発達障害児者本人の支援ニーズの学校給食における配慮実施の可能性(平均値)

【図6】「食の困難に対する支援ニーズ」上位15項目

【図6】「食の困難に対する支援ニーズ」上位15項目
(n=当事者73人、保護者65人)

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