コラム

Vol.95

by ひきたよしあき 2023.05.15

キホンのコトダマ

公益財団法人日本サッカー協会 S級コーチ養成講習会の
講師の依頼を受けたのは、今年の2月でした。

「サッカーは、詳しくない。私にできるのか・・・」

と迷う中で何度か打ち合わせを重ねました。

「サッカー選手でも、コミュニケーションの悩みは同じ。
言葉の力をつける必要があります。例えば、3連敗している
チーム員をどう励ますのか・・・こういう実践をお願い
できませんか」

これならば、日ごろ、生徒や学生に語っていることを
応用できる。責任の重さを感じながら引き受けることに
しました。

S級ライセンスはJリーグの監督に必要な最上位資格。
A級保持者でトライアルに合格しなければ受講できないという
厳しいものです。
受講するメンバーは、サッカーのレジェンドばかり
20名です。

講義当日、海浜幕張にある「高円宮記念夢フィールド」の
会場に入ったときは、足がすくみました。
スーパースターたちが、教室内でお弁当を食べていました。

「こんにちは」
こちらがはいるとわかると、すっと気づいて
あちこちから声がする。日焼けした顔に白い歯。
誰もかれもが人懐っこい、爽やかな笑顔でした。

講義は、世代間による言葉のギャップ、
SNS全盛とコロナ禍の中で変化したコミュニケーション
の本質。そして実践的な褒め方、叱り方、励まし方
などについて語り、実践してもらいました。

いくつかの発表を聞いて、私なりに思ったことが
3点ありました。

ひとつは、彼らの大目標は、サッカー以上に、

「日本を元気にしたい。日本人に誇りをもってもらいたい」

という気持ちがとても強いこと。サッカーで日本人を熱狂
させることで、日本がもっとよくなると本気で信じていることです。

ふたつめは、「勝つ」ことへの執念。

その熱狂は、我々が「勝つことのみ」によって起きるものだ。
だから勝ちにこだわる。そのために我々は努力をしなければならない
という決意。この強さを感じました。

3つめは、「キホン」の大切さです。

1秒を無駄にしないために、1ミリを詰めるために、
大切なことは、キホン。

「止める」「蹴る」、「前を向く」などのキホン動作を
どれだけ正確に、俊敏に、次につながるようにできるようになるか。
これが「勝つ」ことへのこだわりであり、日本人を熱狂させる
原動力になる。
言い方は違えど、この3点を誰もが口にしたように思います。

この中で、私が最も感銘を受けたのが、「キホン」の大切さです。
スーパープレイを連発してきたS級コーチたちが、監督になったと
しても、日常生活からのキホンを大切と考える。戦略や戦術や、
敵の動向も大切ですが、「止める」「蹴る」「前を向く」と言った
「キホンのコトダマ」を胸に秘め、世界にチャレンジしている
姿に心を揺さぶられました。

これは、サッカーだけの話ではないでしょう。
勉強も、運動もすべて同じ。
「キホンのコトダマ」をどれだけ大切に、ていねいに
扱うかで、雲泥の差がついてくる。

立ち振る舞い、笑顔、受講態度、発言、すべてに
おいて、完璧なレジェンドたちに会い、
人が人に接する態度、言葉がけについて
私自身、大いに学ぶところのある研修会でした。

  • ひきたよしあき プロフィール

    作家・スピーチライター
    大阪芸術大学客員教授
    企業、行政、各種団体から全国の小中学校で「言葉」に関する研修、講義を行う。
    「5日間で言葉が『思いつかない』『まとまらない』『伝わらない』がなくなる本」(大和出版)、「人を追いつめる話し方、心をラクにする話し方」(日経BP)など著書多数。