コラム

Vol.70

by ひきたよしあき 2021.04.15

面倒のコトダマ

私の作文教室に2年近く通っている
子がいます。
この春で、小学5年生。
出会った頃より、ずいぶん背が伸びました。

「4年生の最後にもらった通知表の国語は、二重丸。 一番いい成績でした」

と手紙をくれたのがひと月前。
コロナ禍の中で、やっと開催できた
教室に彼女は笑顔で来てくれました。

作文教室は、小学生が対象ではありません。
大人が大半で、子どもは彼女一人の時が
多いのです。
それでも臆することなく、一番前に座り、
文章を書き、発表してくれます。

先日は「桜」をテーマに作文を書いてもらいました。

20分で、200字を埋める。
最後まで書けなくても構わない。
何を思いついて、どういう内容を書こうとしたか。
それをみんなの前で発表し、意見交換するのが
授業の目的です。

毎回やっているとはいえ20分で
初めて出題されるテーマに挑むのは
大人でも大変。
みんな、大きめの原稿用紙に向かって
一斉に書き始めました。

私は、みんなの姿を背後から見ていました。

頭を抱える人、何度も書き直す人。
上を向いたまま鉛筆が動かない人。
みんなそれぞれに「桜」と格闘しています。

そんな中、小学生の子の動きが
みんなと違っていました。

硯で墨をするような姿勢で消しゴムを
使ったあと、カスを丁寧に集めて、
机の右の上に集めています。

再び書き始めて、また消すときには、
カスを集めて、右上に置く。

「いちいち面倒じゃないのかなぁ」

と無精な私は考えながら、彼女の
原稿用紙を覗き込むと200字は
すでに埋まっていました。
大人はまだ、半分も書けてない状況です。

彼女は、すでに推敲に入っています。
オーバーした二行分の字数を削るために、
消しゴムであちこち消しながら、文章を整えていました。

「作文を書くのが好き」

ときっぱりという彼女。
それだけのことはあります。
たくさん作文を書くうちに、
書いて、消して、消しゴムのカスを
集める作業が、ひとつの「型」になっている
ようでした。

著名なシスターの著作の中に

「面倒だから、しよう」

という言葉があります。

「消すたびにカスを集めるなんて面倒だ!」と思う。
だから、やる価値がある。
面倒だからこそ、やる。

いつもきれいな机の上で
彼女が書いた文章は、おおよそ
こんな内容でした。覚えている限りで
再現してみます。

桜は新しい季節の花。
入学式の時に咲く花。

昔は、桜は山桜。
これは葉っぱと花が同時に出た。
ソメイヨシノは、花が咲いてから
葉っぱがでると、学校で習った。

桜も花も進化している。
コロナを経験した私たち
人間も、桜の花のように進化して
新しい季節を迎えたい。

読み上げるこの子の顔を見ながら、
桜同様、この子もまた進化している。
「面倒」というコトダマをひとつひとつ
乗り越えて、強く逞しくなっている。

机の上の消しゴムのカスが、
桜の花びらのように美しく見えた
ひとときでした。

  • ひきたよしあき プロフィール

    作家・スピーチライター
    大阪芸術大学客員教授
    企業、行政、各種団体から全国の小中学校で「言葉」に関する研修、講義を行う。
    「5日間で言葉が『思いつかない』『まとまらない』『伝わらない』がなくなる本」(大和出版)、「人を追いつめる話し方、心をラクにする話し方」(日経BP)など著書多数。