コラム

Vol.106

by ひきたよしあき 2024.04.15

「とまどい」のコトダマ

新しいことが始まる。
気分が一新して、ワクワクします。
「さぁ、新しい気持ちでがんばろう!」と気力が湧いてきます。

・・・というのは、嘘。
本音を言えば、「新しさ」に戸惑い、不安で仕方ありません。少なくとも私には、新しい環境に遭遇したときは、否定的な気分が先行してしまいます。

トラウマがあります。
小学校5年生の時に転校しました。集団登校の場所に行ったら、誰もいませんでした。前日に、母と確認していたのですが、それが間違っていたようです。私は、重く暗い気持ちを抱えて、登校しました。初日から遅刻です。
クラスは、5年5組。転校生として、挨拶をしたとたん、

「体操服で登校したらあかんねんで」

という声がクラスから飛びました。前の学校では、体育のある日は、体操服登校が許可されていたのに、この学校ではちゃんと着替えなければいけなかったのです。恥ずかしい思いで、1日を過ごしました。

 

それが何のためだったのかは失念しましたが、5年生全員が講堂に集まることになっていました。私は、教室の椅子を持ってでようとしました。前の学校では、必ず自分の椅子を持って集まっていたから。すると、

「なんで、椅子持ってんねん?」

と笑われた。この学校では、講堂にパイプ椅子がありました。

誰一人、教えてくれる人がいない中で、とまどう。おかしな行動をして失笑を買う。この日が、トラウマになっていて、新しいことを始めて失敗すると、このときのクラスの景色が頭に浮かびます。
「新しいこと嫌い」になるには、十分の体験でした。

しかし、考えてみれば、新しいステージを迎えて、戸惑ったり失敗するのは当たり前のことです。
これまでの住み慣れた世界を出て、新しい世界に挑む。それは、これまでのことが通用しなくなることを確認しながら、新しい世界のルールをひとつひとつ覚えてくることを意味するからです。
前の学校では、休み時間は、男子はキックベースボール。女子は、ドッヂボールでした。新しい学校では、男女混合で、ドッヂボール。キックベースが好きだった私にとっては残念でしたが、女子と一緒のドッヂボールはそれ以上に楽しかった。投げるのは下手だけど、受けることだけ上手かった私は、女子から「すごい!」と言われて、かなり有頂天になりました。
こんな小さなことから、新しい環境になれていく。友だちがなかなかできなくて、寂しい思いもしました。しかし、その後仲良くなった友だちとは、今でもつきあっています。寂しい思いを満たしてくれたことの感謝が、長い人間関係へとつながったようです。

新しいことを始める。そのとき必ず「とまどいのコトダマ」が登場します。
「不安だろう」「どうしていいかわからないだろう」「前のところの方がよかったよなぁ」と囁いてきます。
しかしこの「とまどいのコトダマ」が囁くのは、自分が成長しようとしている証拠なのです。この時のストレスは無駄なものではありません。「新しい」とは、「とまどうこと」なのです。

新しい学年、新しい学校、新しい環境に進んだあなた。
とまどったら「今、私は成長している」と思い直してみてね。
すぐにその環境は、あなたの最高のステージになるはずです。

  • ひきたよしあき プロフィール

    作家・スピーチライター
    大阪芸術大学客員教授
    企業、行政、各種団体から全国の小中学校で「言葉」に関する研修、講義を行う。
    「5日間で言葉が『思いつかない』『まとまらない』『伝わらない』がなくなる本」(大和出版)、「人を追いつめる話し方、心をラクにする話し方」(日経BP)など著書多数。