Interview

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「犯行文章は容疑者が書いたのか」を鑑定する
日本語における著者認識の法科学的手法を
構築するための、新たなチャレンジ

「犯行文章は容疑者が書いたのか」を鑑定する
日本語における著者認識の法科学的手法を
構築するための、新たなチャレンジ

研究タイトル「日本語の書き言葉に見られる個人性の言語学的研究:テキストメッセージ中心に」

オーストラリア国立大学 アジア・太平洋カレッジ 文化・歴史・言語学科 言語学プログラム 准教授

石原俊一さん(オーストラリア)[第15回招聘研究者]

研究タイトル「戦後日本の市民社会とアジア:草の根での繋がりの構築」

オーストラリア国立大学 アジア太平洋カレッジ 文化・歴史・言語学科 准教授、副学部長

石原俊一さん(オーストラリア)[第15回招聘研究者]

現代社会はインターネットの普及により、EメールやSNSなどで「書き言葉」を使ったコミュニケーションが活発になっています。実際にテキストメッセージが犯罪に使われる事例も増加しているといいます。

こうした「書き言葉」に著者の個人性がどのように現れるかを調べ、法科学的な著者認識の方法論を構築しようとされているのが、オーストラリア国立大学の石原俊一先生です。音声などに比べ、書き言葉を対象とした法科学は世界的にも基礎研究の段階ということですが、現代社会で必要とされる新しい分野の開拓に向け、研究を進めておられます。今回の日本での滞在研究の内容や進捗について、お話を伺いました。

 

オーストラリアで学び、言語を法科学に活用する研究に出会う

 

学生時代はどのようなことに興味がありましたか?

 

 もともと私は高校生の頃から、海外に興味がありました。将来、海外で仕事ができたらいいなと漠然と思っていて、大学は文系の教育学部に進学しました。言語に興味がありましたので教育学部で英語の教師になるプログラムに入り、在学中に留学の機会があったので1年間、カナダに留学。そこでさらに海外で勉強して、将来に繋げられたらいいなという思いが強くなっていきました。そして1993年にオーストラリアに渡っていわゆる「理転」をして学位も取り直し、以来ずっとオーストラリアで研究生活を送っています。

 私は日本研究が専門というわけではないのですが、オーストラリアは親日国ですから、やっぱり日本人は受け入れられやすいというのはあります。親日国で、かつ多くの人が日本文化に興味があるということでは、仕事をしやすい、生活しやすいというのはあると思います。

 

言語を用いた法科学という分野を専門とした経緯について、教えてください。

 

 オーストラリアでまず専門に選んだのは音声処理、音声信号処理です。音声を使った法科学とは、「声紋」という言葉はご存じの人も多いと思いますが、音声から話者、誰が話しているかを認識するというものです。当時、私が所属していたオーストラリア国立大学の研究室は、音声研究を法科学の分野に応用した研究で、世界のメッカの一つでした。それはたまたま偶然の巡り合わせですが、面白いし新しい、かつ非常に実用的ということで興味をもち、結果的に専門として研究することになりました。

 言語学という分野の研究は、それを何か社会のために応用できるかという点では、案外その範囲が限られてしまう側面があります。しかし法科学は、それを使って犯罪捜査に役立ち、悪い人を捕まえることができる。実際の社会に役立ち、貢献できるというところに惹かれました。研究の手法は文系から理系に変わったわけですが、言語というものに興味があるという原点は変わらず、一貫しています。

 

 

犯人が書いた文と容疑者の書いた文。この二つの文を書いたのが同一人物かどうか

 

あらためて現在の研究テーマについて、わかりやすく教えてください。

 

 法科学というとDNA鑑定などが有名ですが、その中でも現在は「日本語の書き言葉、テキストメッセージに見られる個人性」について研究しています。つまり、書き言葉の言語学的かつ科学的証拠というものを法科学という分野でどのように使えるか、を研究しています。

 これまではオーストラリアで英語のテキストを対象に研究していましたが、私は方法論を固めるための研究もしているので、英語だけではなく、他の言語でも同じ方法論が使えないといけません。そこで英語とは分類学上も、言語学的にもまったく異なる日本語で同じ方法を使うことができれば、英語と日本語の間にあるような他の言語も当然うまくいくだろうというアイデアのもと、日本語の書き言葉の研究をしています。

 書き言葉の言語学的・科学的証拠とは、簡単に説明するとこういうことです。まず犯罪者がツイッターやEメールなどで誰かに脅迫状を送るなどして、犯罪者が書いたテキストが存在します。これは犯人が書いたことはわかるけれど、誰が書いたかはわかりません。次に、捜査の段階で容疑者が上がってきます。家宅捜索で、容疑者が書いたテキストがパソコンなどから出てきます。そこで犯人が書いたテキストと容疑者が書いたテキストの二つがあって、実際にその二つを同じ人が書いたということになれば、容疑者が犯人です。違う人が書いたのであれば、容疑者は犯人ではないということになります。もちろんその最終判断を下すのは裁判官・裁判員などですが、私達はそのお手伝いをするのが仕事になります。テキストをどの様に精査し、またその結果をどの様に提示するのが相応しいのかを研究するのがメインになっています。

 

 書き言葉の個人性となる要素にはいろいろなものがありますが、例えば、日本語には読点「、」があります。実は読点をどこで打つかに修辞的な決まりはあまりなく、読点を打つ場所は個人で異なる、つまり個性が関係していると先行研究から最近勉強しました。それから漢語をいっぱい使う人、和語をいっぱい使う人などもあります。絵文字もそうで、スマイリーマークをメッセージの最後に必ずつける人もいれば、つけない人もいますよね。そうした特徴を一つ一つ計量的に調べていきます。

 

言語の中で、音声からテキストに対象を変えたのは、何か理由がありますか?

 

 音声に加えてテキストを対象にするようになった理由は、世界的にインターネットが普及し、生活の中でやり取りするテキストメッセージが膨大になったという背景もあります。かつ、それが社会で悪用もされています。実際にテキストメッセージが犯罪の証拠として上がってくることが増えているのです。

 

 実はテキストを使ってDNA鑑定と同じ方法論で鑑定をするのは、英語でもまだ基礎研究の段階です。私はこれまで音声で鑑定の研究をしてきましたが、音声の方がおそらく20年は先を行っています。テキストは20年遅れている。

 ただこれはちょっと手前味噌になりますが、DNA鑑定と同じ方法論でテキスト鑑定も可能であると実証したのは、私が最初です。DNA鑑定と同じというのは、信頼性が高く、かつ実証もされている方法ということです。理論としては、英語では「ザ・コレクト・フレームワーク(正しいフレームワーク)」と言われ、論理的にも法的にも正しい唯一の方法論だと言われています。

 

 私にとっては今までやってきたのと同じ方法論で、対象を音声からテキストに変えただけで、あまり新しいことやっているという意識はありません。ただ、音声とテキストでは性質が全く違うので、そのへんはちょっと苦労するところもあります。また鑑定するテキストは、脅迫や虐待など犯罪に関わるものですから、読んでいて「嫌だな」というものもあります。必ずしも楽しい研究というのではないですが、研究の社会的意義は高いと考えています。

 

 

今は「下地を整えている」段階。基礎が整えば、その先が大きく広がる

 

今回の応募のきっかけと日本での研究環境について、お話をお願いします。

 

 今回、博報堂教育財団のフェローシップに応募したのは、私が英語で研究をしていて、英語以外の他の言語にも研究領域を伸ばさないとダメだと思うようになっていたときで、ちょうどタイミングが合ったからです。私が勤める大学にもこの助成を受けた同僚が何人もいて、以前からこのフェローシップを知っていましたので応募しました。

 来日する時期はコロナ禍でしたが、私の研究はどちらかというと部屋に籠って、コンピュータに向かってやる研究なので、そういう面ではコロナの影響は少ないです。しかし研究のためのネットワーク作りや、研究に使うデータの収集という点では、やはりコロナでやりづらいところはあります。

 

 研究環境という面では、国立国語研究所には、立派な先生方がたくさんいらっしゃいます。施設としてもしっかりしていますし、使わせていただく機器やシステムも充実していて、何か技術的、手法的にわからないことがあれば、お聞きすればすぐに教えてくださる先生方が周りにいらっしゃいます。それは非常にありがたく思っています。すぐにわからないことも「じゃあ、この先生に聞いてみたら」という繋がりがいくらでも広がっていきます。

 同じ招聘で来ておられる先生や、それ以外の招聘で来日している先生方もいて、横の繋がりみたいなものもあります。第16回招聘の出丸香先生は、国立国語研究所の二つ向こうの研究室におられますので、一緒にお食事をしたり、研究についてアドバイスし合ったりさせていただいています。

 

ここまでの進捗と、研究の全体像の中での今の立ち位置を教えてください。

 

 私は9月1日に研究を開始し、緊急事態宣言中は山梨にある実家で研究をしていましたが、現在は受け入れ機関の国立国語研究所で研究をしています。受け入れ担当教授の前川喜久雄先生とも、オンラインが中心ですが定期的にお話させていただいています。緊急事態宣言が解除された後は、過去にも共同研究をしていた科学警察研究所の先生にもお会いしましたし、今後も将来の共同研究のためにいろいろと話をする予定です。他にも、そうした研究ネットワーク作りのコミュニケーションをこれからも進めていくつもりです。

 

 研究全体の中でいうと、現在は本当の意味での基礎研究の下地をならしているところです。とにかくいろいろなところから使えそうなデータベースを取り集め、使えるように整え、さらに基礎的な研究をしてどういうふうになりそうだということを示せれば、オーストラリアに持ち帰っても研究ができます。

 使用するテキストの言葉は時代とともに変わっていきますが、常に新しいデータベースを構築し続けるシステムをいかに作るか、という点にも非常に興味があります。今はスクレーピングという技術があり、ウェブサイトから定期的にどんどんデータを落としてくるような技術もありますから、技術的には可能だと考えています。

 またネットショッピングモールのようなネット上のプラットフォームを持つ国内企業も、そこでやり取りされる書き文字情報をたくさん持っています。最近は、企業もそういうデータベースを研究目的で開放してくれるようになってきていますので、そのようなデータも活用していく予定です。

 

 

各国との共同研究や若い研究者の育成を通じ、法科学で世界に貢献したい

 

研究以外に、休日などはどのように過ごしておられますか?

 

 私は実家が山梨にあり、家族で日本に来ているので、休みの日は普通に家族と過ごしています。田舎で畑を耕したり、トラクターに乗ったり、草刈りをしたり、そういうことをしています。ずっとコンピュータに向かう研究なので、休日にトラクターに乗って富士山を眺めて「きれいだな」と思ったりするのは、ホッとする時間です。

 私はこれまでも3~4年ごとにある研究休暇のたびに、家族とともに日本で過ごしているので、家族も日本の生活に慣れています。現在、小学生、中学生、高校生の3人の子どもたちは、私が子どもの頃に通っていた母校に全員が通学しています。

 

最後に、今後の研究の展望や目標について教えてください。

 

 今は本当に基盤作りをしているので、それさえしっかりしてくれば、これまでに培ったネットワークを生かした他の研究者との共同研究もどんどん進めていけます。

 さらに、このような書き言葉の法科学的な研究は、法曹界の人や法科学に従事している人たちも知らないこともまだまだありますから、啓蒙活動のような取り組みもどんどん進めていきたいと思っています。実際に既にいろいろなところからありがたいお話も来ています。今回も日本に来る前から、日本の弁護士の方々から講演の依頼もありました。日本にいるときには、日本の方々に積極的に情報発信をしていきたいですね。

 

 それから研究の基盤ができれば、学生にもいろいろと研究テーマを振り分けることができます。おかげさまで私の研究室の学生も増えています。この方法論をインドネシア語で試してみたい、タイ語で試してみたいとか、いろいろな問い合わせがあり、各国の優秀な学生たちを受け入れています。研究の方法論を確立するとともに、若い研究者を育成し、彼らが自分の国々でこの分野の専門家になってくれたらと思います。日本とオーストラリアだけでなく、世界各地で社会に貢献していくことが今後の目標です。

 

(2021年11月取材)

 

石原 俊一(いしはら しゅんいち)

オーストラリア国立大学 准教授
研究タイトル:「日本語の書き言葉に見られる個人性の言語学的研究:テキストメッセージ中心に」
招聘期間:2021年9月1日~2022年2月28日(短期/前期)
受入機関:国立国語研究所
静岡大学を卒業後、オーストラリア国立大学(言語学)とマッコーリー大学(音声・言語処理)で修士課程、オーストラリア国立大学で博士課程(言語学)を修了。2004年よりオーストラリア国立大学 アジア・太平洋カレッジ アジア研究学科 日本センター講師、同大学の文化・歴史・言語学科 言語学プログラム上級講師等を経て、2017年より現職。

Interview

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「日本研究フェローシップ」により日本で研究生活を送った研究者の皆さんに、研究内容についてインタビューしました。