研究紹介ファイル
No.28 池田 彩乃氏
障がい児の自立活動の指導のため、協働モデルを構築
教師は"実践研究家"です!

池田さんは2度、当財団の研究助成に採択されている。第8回の助成時は大学院の博士課程に在籍しており、その後、大学院に籍を残したまま2014年から2020年まで特別支援学校(肢体不自由)の小学部教員として教育現場に携わっていた。
今回は現在も継続的に研究を続けている第8回の研究についてご紹介する。インクルーシブ教育システム(inclusiveeducation system)とは、障がいのある子どもと障がいのない子どもが互いの個性を尊重しあい、ともに学びあう教育のこと。「当時すでに注目されていた理念だと思いますが、学校現場のレベルではまだ戸惑いが大きかったことが研究テーマの背景のひとつです。
障がいのある子どもたちには[自立活動]の指導(障がいから来る学習上、生活上の困難に対して個別に行う指導)というものがあり、指導する際には[個別の指導計画]を作成するよう学習指導要領に示され始めた頃でした。これは健常児は受けない指導です。特別支援学校ではあたり前に行われている指導ですが、通常学級の先生方は初めて耳にする場合も多く、負担に感じるのではないかという問題意識がありました。特別支援学校には自立活動の指導や個別の指導計画作成のノウハウがあります。それを小中学校の通常学級の先生方に活用してもらえるような実践的モデルを考案し発信していく必要があると考えました。」
池田さんによると、特別支援学校にはセンター的機能*1というものがあるそうだ。2007 年4 月に特別支援教育が学校教育法に位置づけられてからは特に、地域の障がいのある子どもたちや担当する先生方に対する支援・相談機能が明確化されており、個別の指導計画の作成も教師支援の範疇に含まれるという。
「制度としては以前からあるのですが、現在も周知不足は否めないかもしれません。当然、教師も支援を受けられますし、個別の指導計画についても相談できるのですが、子どもに関する相談しかしてはいけないのではないかといった空気が現場にあり、教師支援はあまり進んでいないのが現状ではないでしょうか。」
助成研究以前から、インクルーシブ教育を実現させるための手段のひとつとして個別の指導計画の重要性に着目していた池田さん。大学院の修士課程時に手がけた調査研究結果において、小学校の通常学級で個別の指導計画を普及させるには、以下のような課題があることを明らかにしていた。
- 1.通常学級担任の意識:多忙感・負担感、不安感、職務周辺性(自らの職務ではないという意識)、抵抗感(特別扱いすることにならないか)
- 2.学校体制:様式や作成者への支援体制の整備不足など
- 3.その他:保護者の理解を得ることの難しさなど
特に「1.通常学級担任の意識」の背景について2012年に千葉県内の公立小学校335名に調査を実施した結果、担任の負担感や不安感を減らしながら主体性を高め、効果的な個別の指導計画の作成と活用を目指すためには、とりわけ「担任の作成経験」が重要だとわかった。
しかし、個別の指導計画を作成した経験を持つ教師が、必ずしも障がいのある子どもの担任になるとは限らない。池田さんは調査結果と学校現場の実情を考慮し、担任と特別支援学校の教員等との協働による個別の指導計画の作成を提案。協働モデルを立案して事例実践し、その成果と課題の考察を研究の目的とした。
*1 地域の特別支援教育を推進するために、特別支援学校が中核的な役割を担うこと。「教員、保護者の相談支援」「特別支援教育に係る情報提供」などが行われている。
児童の実態把握図を作り課題をわかりやすく整理する
最初に予備調査として、実践協力校の体制確認や整備を行い、対象教師と児童を選出した。【表1】
【表1】対象教師のプロフィール

【対象児童/J君】
脳性まひによる下肢運動障がいを有する小学校1年(調査当時)男児。普段の移動は独歩(クラッチ使用、両足装具使用)。普段の学校生活では介助員はついておらず、介助が必要な階段の昇り降り等には学級担任、保護者または特別支援学級を担当する補助員があたっている。上肢の障がいは無く、補助教材等の使用は無い。提案した実践的協働モデルの要は、児童の実態把握図を作成し、課題やその関連性をわかりやすく整理する点だ。【図1】
実態把握図の作成手順は次のとおり。
- 担任教員と特別支援学校教員が各々、対象児童の様子で気づいたこと(良いこと・困っていること両方)を【情報カード】として付箋に書き出す。(1枚に1情報)
- 【情報カード】に書かれた内容の似たものをまとめて【仲間分け】し、分けた内容ごとにカテゴライズする【表札作り】。表札は【情報カード】とは異なった色の付箋に書く。
- 表札どうしの【関係性(関連あり、因果関係、矛盾・反対、影響など)を整理】しながら関連図を完成させ、課題の実態把握図とする。
そして作成した実態把握図をもとに、校内の特別支援教育コーディネーターとも協働し、担任、特別支援学校教員の3者で個別の指導計画を作成するという流れだ。
「特別支援教育コーディネーターは小中学校の先生方が担う役割です。校内で外部支援に対する理解を広めたり、情報共有を促したり、機会があれば担任とともに特別支援教育に関するノウハウを学び、後に校内研修を担当するなど、とても重要な役割だと考えます。専門的な知識を有する先生が必ずしも任命されるわけではありませんが、いつまでも外部の支援教員には頼れません。個別の指導計画作成も自立活動の指導も、担任ひとりが抱え込むのではなく、サポートする専門家や校内協力者と共に実践する、そこは外さないモデルにしようという意識は強く持っていました。学校や担任の先生に指導の主体性を持って欲しい、自分の学校の、自分の学級の子どもなのだという意識をしっかり持って欲しい、という思いが根底にありました。」

【図1】実態把握図の作成手順
実際に、担任教員と特別支援学校教員が作成した実態把握図が【図2】である。
実態把握図を作成した際の担任の感想は以下のようであった。
-
【良かった点】
- 個別の指導計画や評価というものを、いきなり一人で書くのは難しいが、付箋の使い方やポイントを絞って対象児童の課題を挙げて、それを観点別に分けることによって、確かにわかりやすいし、課題が他のことにもつながっていくことがとても勉強になった。
- 付箋の使い方だったり、やったことは、この後も引き続き継続できると思ったので良かった。
- こうやって話し合いを通じて一緒に考えていくというのはすごい勉強になった。
- 児童のお母さんとかにもこういうことは自分の口からでも言えるので、良い経験になったと思う。
-
【課題等】
- 作業に時間がかかるため、教材研究との兼ね合いでなかなか難しい。
- このような機会がないと、自分から取り組むのは難しいかもしれない。
- 今回の児童は比較的動きや難しさが見えやすく、やりやすかったが、他の子の問題だと、その時に色んな場合があるので、難しいかもしれない。
次に担任、特別支援学校教員、特別支援教育コーディネーターの3名で作成したJ君の個別の指導計画と作成後の担任の感想を以下に紹介する。【表2参照】
- 【良かった点】
- 関連図で項目ごとに整理し、つながりもまとまったので、それを今回計画に落とすのは書きやすくて、これからどういうふうにすればいいのかなという方向性まで見えてきた。
- 来年のためにも、こういうところはできていて、こういうところは伸ばしていけたらなということと、通級でお願いするところを整理して、児童がもっと学校生活を楽しめるためにも、良い手立てができればなと思った。
- 通級でお願いするところがわかって見通しが持てた。
「方向性まで見えてきた」「来年のためにも」など、個別の指導計画は学級担任が交替する際の引き継ぎにも有効であることが示唆された。
特に「通級でお願いするところがわかって見通しが持てた」という点は重要だ。
担任は、指導計画に基づき、協働者等に相談しながらJ君の自立活動の指導を授業実践に反映させていったが、体育など活動自体をJ君だけ特別メニューに変更することは担任ひとりの対応ではどうしても難しかった。そこで特別支援学校教員のアドバイスもあり、J君は週に1度放課後に、特別支援学校の「通級指導教室」に通い、主に身体の動かし方について継続的に学習することになったそうだ。その結果、運動に対する意欲が出てきたJ君は積極的に身体を動かそうとするようになり、通級指導教室で行う障がい者スポーツなど様々なスポーツに積極的に参加する姿が見られるようになったという。
また、ひとりで階段の昇り降りができるようになり、クラッチ操作が向上して教室内の移動がスムーズになるなど、実態把握図で整理された「教師の手立て」や「教室環境」など課題のいくつかが改善された。さらに自分で動ける範囲が増えたため保護者が常時学校内で付き添う必要がなくなり、保護者の負担も軽減されたのだ。「肢体不自由児の場合、体育は見学になりがちで、成績は斜線扱いになることも少なくありません。特別支援学校のセンター的機能を活用すれば、その子にあった授業メニューを一緒に考えたり、通級を利用したり、色々と手立てがあることを知ってもらえたと思います。」さらに、「授業中に姿勢が崩れやすい」課題については、机間指導中に声かけをすることで本人の意識づけを促し、サポート教員とも手立てを共有することができるようになるなど、多くの成果が得られた。

【図2】J君の実態把握図
【表2】J君の個別の指導計画

実践経験を通して考え方そのものを学んで欲しい
一方、課題も浮き彫りになった。
担任が実践後の感想で述べているように「(実態把握図や個別の指導計画作成に)時間がかかる」という負担感の軽減、「今回の児童は......難しさが見えやすく、やりやすかったが、他の子の問題だと、......難しいかもしれない」という般化の課題、これらを池田さんは助成後どのように解決していったのだろう。
「助成研究では、実態把握図の作成と個別の指導計画作成にそれぞれ1時間かかりましたが、それはゼロから一緒にやっていく形にしていたためです。現在は、事前に個別に準備できる部分と、話し合いが必要な部分を明確に分けることで時間短縮を図るようにしています。例えば、児童についての気づきをメモしておく、付箋を使った情報カードを作成する事は、普段から個々でやっておきます。それらをまとめ、課題や背景についてフォーカスする際は集まって話し合う。そして、協議の結果を踏まえて指導計画を立て、実際に授業中どう指導するかは、担任の先生が立案する、というやり方に変えています。」
時間短縮のためにもうひとつ、情報を精選する方法も取り入れたそうだ。
「助成研究時には、気づいたことは何でも挙げてもらいました。それはそれで、考え込まずに着手できるメリットがあるのですが、一方で情報が多すぎるとまとめるのに非常に時間がかかってしまいます。」
池田さんによれば、障がい児の自立活動の内容は6区分27項目に整理されているそうだ。*2
「各区分で1枚の情報だけ挙げてもらう方法に変更しています。情報をあらかじめ精選してから協議に臨むと、本当に気になることや困っていることが集まるので、話し合いは短くて済むようになります。」
では般化についてはどうだろう。
「実態把握図や個別の指導計画を作成する目的は、なぜ子どもたちがそういう行動をとるのか、なぜ学校生活の中で困っているのかという課題を収束してその背景を考える作業なんです。協働モデルの実践経験によって、障がい児の自立活動をどう指導していけばいいのかという考え方そのものを学べる点が重要だと思っています。表面上に現れている困難を一つひとつ潰していく指導でなく、子どもの見方や、行動の意味を考えられるようになる。そういった研修機能が、立案した協働モデルにはあると思っています。」
実際、協働実践を経験した担任は、実態把握図を作成して良かった点に「付箋の使い方だったり、やったことは、この後も引き続き継続できると思ったので良かった」と感想を述べ、把握図を作成する意味を理解したと推察される。
「考え方を学べると、対象が他の子に変わっても、障がいのない子でも、いろんな困難を抱えた子どもたちを指導する際に役に立つのではないかと思います。」
ブラッシュアップされた池田さんの協働モデルは、助成後どのように実践現場で活用されているのだろう。「論文を参考にして協働実践に取り組んでみました、というお話はいくつかうかがいました。直接連絡をいただいた小中学校の先生方もいます。ただ現状は、特別支援学校からこの協働モデルを使った研修をしたいという要望を沢山いただいています。」
池田さん自身、思いもよらなかった展開だそうだ。「最近、特別支援学校の若い先生方が、自立活動の指導や個別の指導計画についてよく知らないという相談が増えているのです。ベテランの先生方が多数退職される中、私が提案したモデルを、ベテランの先生と若手が協働して個別の指導計画を作成するモデルに転換し、研修を行っています。」
2007年に特別支援教育の仕組みが変わり*3、聴覚障がい教育一筋、視覚障がい教育何十年という教員が排出されにくくなったことも背景にあるのだろうか。「実態把握図は障がいの種類に関係なく作れますが、そうは言ってもそれぞれの障がい特性によって、子どもの見方や身体の動かし方をどう考えるかなど、専門的な視点は実態把握の段階で必要です。そういう視点を持つ先生が育ちにくい環境があるのは残念なことだと思います。」
*2 自立活動の内容の6区分:「健康の保持」「心理的な安定」「人間関係の形成」「環境の把握」「身体の動き」「コミュニケーション」。
*3 学校教育法の改正により、「特殊教育」から「特別支援教育」へと枠組みが変わり、障がい種別に「盲(視覚障がい)・ろう(聴覚障がい)・養護(知的障がい・肢体不自由・病弱)」学校と分かれていたものが「特別支援学校」に統一された。多様な障がいを持つ子どもたち各々に対し適切な教育環境を提供できる一方、教員の障がい種ごとの専門性の確保が課題のひとつといわれているようだ。
研究成果は校内研修として水平展開中
対人葛藤がテーマの研究にも着手
助成研究の成果は、現場の教師たちへの研修という形で水平展開されているようだが、その際に池田さんが特に気をつけていることがあるそうだ。
「基本的に講義だけの研修にならないよう工夫しています。事前に参加する先生方に在校障がい児の事例ビデオを用意してもらい、簡略化した実態把握図や個別の指導計画作成を体験してもらう演習を行う場合もあります。自分の目の前にいる子どもからどう考えるのか、という視点が大切ですから。助成研究で提案した協働モデルを校内研修として展開していくには今後どんな工夫がもっと必要かを検討していきたいと思っています。」
また、池田さんの協働モデルは、担任ひとりが抱え込むのではなく、サポートする専門家や校内協力者と共に実践する点を意識して立案されている。学級担任のみならず、特別支援教育コーディネーター、学校の先生方、管理職、特別支援学校の教員、保護者など多数の関係者で共通理解を深めていくことが必要だが、メンバー同士の連携や情報共有などの課題については踏み込んだ試行実践ができなかったという。この点に関しては別のテーマで研究中だそうだ。
「対人葛藤をテーマに2024年に論文を出しました。話し合いの際に起こる対人葛藤はどの集団にもあると思いますが、個別の指導計画などを協議する際に対人葛藤がどう生じ、どう解決されているか、インタビュー形式で事例を集めました。わかってきたのは、話し合いを仕切っていくファシリテーターの役目の大切さです。対等な立場で全員が発言できる雰囲気をまず作り、発言しづらい人が萎縮しないよう、声の大きい人の意見が通ることがないよう進行していく。そういう役割の人が集団に必ずひとりいなくてはならない、それを誰が担うのか、葛藤が生じた時その人がどう対応していくのか、まだ結論は出ていませんが、ファシリテーションの重要性に注目して会話を分析しているところです。」
実は助成研究にも、対人葛藤が起こりにくくなるような工夫が施されているそうだ。
「例えば付箋に書く理由ですが、発言することに抵抗感を抱く人もいますし、反対意見は言い出しづらい人もいると思います。集団協議の場を対等な関係性にする工夫として、付箋に書いて全員が提出する、書かれた内容は否定しない、というルールにしてあります。その人が感じたことなので、誰も不正解とは言えませんよね。」
様々な立場の大人が対等な関係で、いろんな意見を持ち寄り、すり合わせ、認識の違いを明らかにしていくことが、子どもたちへの深い理解につながると言えそうだ。
最後に、教育実践の現場に携わる立場で研究をする意義についてうかがってみた。
「どんなテーマでも、研究は課題解決の手法だと思います。何か課題にぶつかったとき、手当たり次第に試行錯誤するのではなく、原因を探って仮説を立て、その仮説を検証する。そのプロセスは学校教員も同じではないでしょうか。授業のPDCAをどう回すかといった職務上の考え方を、学生時代の研究経験から学んだなと、特別支援学校初任の際に感じました。」
先に池田さんが述べた、考え方を学ぶことが重要だという話に通じると言える。
「実践と研究は、つながりにくさはあるけれど、決して違うものではないと思っています。研究で得られた成果がすぐに実践に結びつかないこともあれば、どこで活きてくるかわからない場合もあります。しかし、研究で自分が学んだことや得られた成果は、必ず実践に活きると思います。ふたつの助成研究で得た成果は、エビデンスを持って学生たちに説明することができますし、学生も興味深く聞いてくれ、学生指導にも活きています。研究は普段の業務にプラスアルファでやるものではなく、教師は"実践研究家"だと思います。同じような問題意識やモチベーションを持っている仲間、協力者を増やしながら、私自身もやっていきたいですね。」

「特別支援教育に関する制度が整い、社会の意識も高まってきましたが、発達障がい児の増加など学校現場が抱える課題は尽きません。インクルーシブ教育に限らず、現場の声からどう実現できるのかを丁寧に見ていきたいと思います。」