児童教育実践に
ついての研究助成

研究紹介ファイル
No.27 成田 潤也氏

神奈川県公立小学校 総括教諭

小学校の外国語教育が目指すべき方向を再構築
これからの外国語学習を提案

神奈川県公立小学校 総括教諭 成田 潤也氏

成田さんは高性能の機械翻訳が「あってあたり前」のインフラになる将来を見据え、小学校における外国語教育の価値と位置づけについて考察することを助成研究の目的とした。

「2016年9月、Google翻訳がニューラルネットワーク*1を導入して翻訳精度が飛躍的にアップした時に、時代が変わると確信しました。これまで自分が指導してきた英会話習得的な授業やスキル志向は、もう説明がつかなくなる、と痛感したのです。」

従来の「まず外国語学習(単語や発音・文法を学ばせ、反復学習により習熟させる)を行い、その成果として外国語話者との交流活動が実現する」という学習プロセスや、「外国語による意思疎通や情報収集・伝達のため」といった外国語教育の目的は、意義を失ってしまうのではないかと成田さんは危惧した。

「コミュニケーションツールとして機械翻訳を日常的に活用する時代が来ているという事実を、学校教育で子どもたちにきちんと伝えないのは不誠実だと思いました。外国語教育の取り組み方そのものを変え、目指す方向を再構築しなきゃいけない。その問題意識が研究のスタートになります。

*1 ニューラルネットワーク:人間の脳内の神経回路網を人工ニューロンという数式的なモデルで表現したもの

機械翻訳を与えたら子どもたちは外国語を勉強しなくなるのか

成田さんの助成研究は、次の3つの研究課題に取り組みながら、小学校段階からできること、すべきことを模索する探究型の研究である。

研究課題

「あくまでも質的で、数値的な成果を示せるものではありませんが、裏の目的として、機械翻訳を与えたら子どもたちは外国語を勉強する意欲を無くしてしまうのかどうかを見てみたいと思っていました。」実際、児童から「今後、機械翻訳のレベルが上がるのだから、私たちは英語を勉強する必要が無いのではないか」と問われ、回答に窮したという教師の事例も耳にするようになっていたという。

「 "こんなものを与えたら人間はダメになる" とよく言われますよね。電卓やインターネット、携帯電話も然り。しかし、そうならないことは歴史が証明しています。むしろ人間は、新しいテクノロジーを使いこなしてより高次なところへ行けるようになっている。機械翻訳も同様だと思っていましたし、子どもたちは学びの本質を見失ったりしない、という自信めいたものがありました。」
子どもたちは、成田さんの裏の課題にどういう解を導き出してきたのだろう。まずは成田さんが研究課題に取り組むために計画立案した授業実践の内容を具体的に見てみよう。

【表1】授業実践1/第1段階の指導案

【表1】授業実践1/第1段階の指導案

【授業実践1】

携帯型翻訳機を教材として用い、自由試行や課題解決を通して、母語である日本語と外国語を往還するような授業を行う。その学習過程を、児童ひとりひとりに、ポートフォリオの一形態である「ラップブック (lapbook)*2」にまとめさせ、「機械翻訳使用マニュアル」とする。

*2 ラップブック(lapbook):一つの学習テーマについて取り組んだ学習の成果物や自主的に記録した情報のメモを紙製の個別フォルダの中に貼ったもの(『ワクワクする小学校英語授業の作り方』酒井志延・編著 大修館書店)

【授業実践2】

修学旅行先の日光東照宮にて、外国人観光客(英語話者に限定しない)を相手に、携帯型翻訳機を用いながらグループで担当した事物(「眠り猫」「陽明門」など)についての解説をする活動をする。旅行終了後に、児童に振り返りワークシートを書かせる。

2つの授業実践は、神奈川県内の別々の公立小学校で実施された。当時、成田さんは神奈川県教育委員会在籍だったため自らは実践ができなかったが、成田さんの考え方に賛同してくれる校長や教師の方々が協力してくれたそうだ。成田さんは授業に参加したり、授業実践者にヒアリングを行ったりし、児童が作成したワークシートやレポートなどを元に分析・考察を行った。

【授業実践1の研究方法】

神奈川県内公立X小学校の第6学年2学級73名に対し、携帯型翻訳機を用い、以下の5段階で構成された授業を行った。

授業実践1の研究方法

第1段階:機械翻訳の自由試行(外国語活動)

機械翻訳の性能や使い方について体験的に理解し、具体的な活用場面について考えることを目的とした授業実践である。【表1参照】

授業を振り返らせたワークシートの記述には、機械翻訳の機能面への気づきや、多様な言語への好奇心や興味がうかがえ、複数の児童から「本当の外国人と会話してみたい」「ALTの先生と話してみたい」という希望が挙げられていた。

携帯型翻訳機を使ってみた感想

第2段階:機械翻訳でできること/できないことについての検証(有志による家庭での取り組み)

「携帯型翻訳機を使って、やってみたいこと」や独自に思いついたテーマについて検証し、レポートの形で提出させた。

  • 実際に英語話者と話してみたが、想像以上に意思疎通が図れて、便利だった。
  • ステレオから流れる歌やネット動画の音声は、早過ぎてうまく認識されない。ゆっくり、はっきり入力する必要がある。
  • 英語だけでなく、様々な言語に簡単に切り替えることができる。
  • (略)機械翻訳することで情報が一部削られてしまうことがあることや、(略)
  • (略)工夫すればひとりで語学学習ができる。
  • (スリランカ出身の児童が)自分の母語であるタミル語で話しても、ちゃんと相手に分かってもらえた。

注 以下、記事中のレポートやワークシートの記述は、文意を改変しない範囲で成田さんが児童たちの文章の体裁を整えたもの(下線も成田さんによる)。

「ツールとしての有益さや機能面の制約についてのみでなく、英語に限らない語学学習や母語支援といった応用的な活用など、実践全体を通して気づかせたかった内容の一部に、既にこの時点で言及があったことが非常に興味深かったですね。

第3段階:機械翻訳されやすい言葉/されにくい言葉についての検証(国語科)

機械翻訳の限界について、体験的に理解することを目的とした授業実践であり、成田さんの授業プランの要となる部分である。【表2 参照】

ワークシートの記述から、児童たちは、普段使っている言葉をそのまま入力するのではなく、「その言葉が意味すること」が端的に伝わるような、より平易な別の表現に改めてから入力した方が良いという結論に達していることがうかがえたそうだ。
「自分の母語を客観視する機会ってあまりないですよね。外国語を通したからこそ気づけたのだと思いますが、外国語を学ぶことは外に開かれていくだけでなく、自分の内側を見つめ直す学びにもなるのです。この学びは、子どもたちに翻訳能力がないと成立しませんが、その能力がない段階で母語を見つめ直す経験をさせられるのが機械翻訳ツールの利点のひとつだと思います。」

ふり返り

さらに、この第3段階の学びを通じて、子どもたちは今後の外国語学習に役立つ力を育めたのではないかと成田さんは言う。
「"推し "や "映える "など、子どもたちが普段使っている言葉が翻訳できなかった時のことです。何と言い換えようかと問うと、 "かっこいい "とか "美しい "と言い換え、 "クール "や "ビューティフル "に翻訳していました。言葉のコアを捕まえる、と言いますが、表現に含まれている情報やニュアンスの中で一番伝えたいコアを取り出す感覚を、つかんでくれたのではと思います。」

このコアを捕まえる力が、外国語学習者が最初にぶつかる壁=「自分の母語レベルの外国語が喋れない、書けない」というもどかしさを乗り越える最初のステップになるのだそうだ。
「日本人の英語学習者の多くは、母語レベルの発話を諦めることができた途端に喋れるようになるんです。自分が言いたいことをシンプルにする力は、外国語を学ぶ際にとても役に立ちます。こういうトレーニングを積んだ子どもたちは、この表現は簡潔にしないと今の自分の力では翻訳できない、と見極める力が身につくと思います。」

さらに、「相手や状況に応じて、適切な言い換えをして、はっきりと話すとよい」という言語面での気づきは、決して外国語学習の文脈に限らない。年代の違う者同士のコミュニケーションにおける言葉選びの観点においても、日本で暮らす外国人とのコミュニケーションにおける配慮の観点においても、応用可能な気づきと言える。
「機械翻訳を介することによって、国語と外国語それぞれの学びや気づきが互いに影響しあい、より高次な言語への学びや気づきになっていました。これは小学校における言語教育の新しい形として提案できるのではないかという手応えが得られました。」

【表2】授業実践1/第3段階の指導案

【表2】授業実践1/第3段階の指導案

第4段階:機械翻訳を使って、実際にALTと会話する活動(外国語活動)

活動班ごとにALTへのインタビューを行った。通常、外国語活動では児童が英語を用いてコミュニケーションを取ることが想定されているが、敢えて携帯型翻訳機を使うことを前提とした。振り返りレポートには手応えと課題、両方の意見が見られた。

【手応え】

  • これまで自分たちが英語を一定レベルまで身につけないと質問できないと思っていたことを、携帯型翻訳機を使うことで質問することができて達成感があった。
  • ALTに一層親しみを覚えた。

【課題】

  • 一定のレベル以上のコミュニケーションをするためには、やはり相応の外国語学習が不可欠であることを痛感した。

どちらの意見も、機械翻訳を用いて実際に外国語話者と接した体験が、以降の外国語学習の動機づけ(もっとコミュニケーションをしてみたい、英語を身につけたい等)に繋がる可能性を示唆するものと言える。

第5段階:学んだ内容を、ラップブックにまとめる(特定の教科の時間ではなく、随時)

残念ながら実践途中で、新型コロナウイルス感染症防止対策のための臨時休校となり、細部まで完成できなかった児童が大半だったそうだが、子どもたちが作成した「機械翻訳マニュアル」は、以下のような要素から成り立っていることがわかった。

  • ゆっくり、はっきりと発音する。
  • 翻訳されづらい表現(はやり言葉、固有名詞、同音異義語など)は使わないようにし、別の表現に言い換える。
  • 長く複雑な文章ではなく、短く簡潔な文章を話す。

成田さんは、【授業実践1】を通して以下の教育効果が期待でき、外国語の学びと国語の学びを相互に補完し合うような学びへと昇華させることができると考察した。

  • 外国語話者とのコミュニケーションへの心理的なハードルを下げる。
  • 英語のみでなく、多様な外国語への関心を促す。
  • 「翻訳されやすい日本語」の特徴を検討していく過程で、母語を客観視する学びができる。
  • 他者意識を持ったコミュニケーションのあり方について、体験的に学ぶことができる。

外国語を学ぶ目的は人とつながるため

【授業実践2の研究方法】
対象は、神奈川県内公立Y小学校第6学年2学級65名。事前指導として、動機づけと携帯型翻訳機の使用方法習熟に2授業時間取り組んだ。この際の指導は、【授業実践 1】の第1段階の指導案をベースに、Y小学校の学級担任が調整した。以下に子どもたちの振り返りレポートを紹介する。

【問1】携帯型翻訳機を使って外国人と話してみて思ったこと

  • ◆ 難しかったこと
    • 携帯型翻訳機が正しく訳せるように話すのが難しかった。
    • 外国人が怖く感じた。
  • ◆ 良かったこと
    • 失敗したり間違えたりしても、優しく受け入れてくれるなど、会話をすることで、外国の人の優しさや温かさを感じられた。
    • 最初の方は自分たちで話し、難しい言葉は携帯型翻訳機で話すことができた。

【問2】携帯型翻訳機を活用していくなら

  • ◆ 今後、どんな場面で携帯型翻訳機を活用できそうか
    • 英語スピーチの練習や単語の勉強、発音の練習などに。
    • 英語の意味や発音が知りたいときに。

【問3】外国語学習について

  • ◆ 携帯型翻訳機のようなツールがあれば、外国語の学習は必要ないかどうか
    • 必要。携帯型翻訳機では変換されない言葉もあったから。
    • 必要。自分の言葉で伝えることで、相手に伝わることがあったり、相手の言っていることも、自分で理解することで、その感情が分かったりするから。
    • 必要ない。でも、簡単な言葉は話せた方が良い。

「何より面白かったのは、"外国人を怖いと思っていた "という子どもたちの素直な声です。日本国内で子どもたちが外国の方々と触れ合う機会は稀です。声をかける時は相当緊張したはずですが、コミュニケーション体験の後には、"優しかった "とレポートに書いてきた。そうだよね、外国語を学ぶのは、そうやって人とつながるためだよねということを、子どもたちにわかってもらいたかったですし、相手の言語に対して敬意を持つ気持ちを育てるには、この学びは最も大事だと思っています。」続けて、「語学力に何らかの自信を持っている方々は、言葉の壁を乗り越えて相手とつながれた経験をしているからこそ、後々の学習モチベーションを維持できるのではないでしょうか。外国人と触れ合う機会が少ない子どもたちに同様の経験を提供できる、しかも外国語学習の初期の段階で。これは大きなメリットであり、重要な学びだと思います。」

さらに興味深いのは、【授業実践1】の第2段階と同様に、携帯型翻訳機の学習ツールとしての用途に気づいている児童がいたことや、携帯型翻訳機で外国人とのコミュニケーションが取れたとしても、「それでも、外国語学習は必要」と考える意見が大半を占めていたことである。

このことから、適切な指導の下で機械翻訳を用いた対人コミュニケーション活動を経験することは、外国語学習の動機を減じるどころか、むしろ「より豊かな外国語によるコミュニケーションが取れるように学びたい」という意欲を高める方向に作用する可能性がある、と成田さんは考察した。「私の裏の目的に対し、子どもたちはむしろ学びたいという解を出してきました。半々より少し多い程度を予想していたら、8~9割が、それでも外国語学習は必要だと答えてくれた。小学生を侮ってはいけないという私の自信は間違っていませんでした。子どもたちのポジティブな回答は本当に嬉しい誤算でしたね。

小学校の外国語教育だからこそ実現できる豊かな「ことばの学び」

以上の授業実践を踏まえ、成田さんは、まだ特定領域に細分化されておらず、多様な事物を体験的かつ包括的に学ぶ段階である小学校教育においての外国語教育は、国語教育と連携して豊かな「ことばの学び」を促進することの方にこそ、その意義を見出す必要があるとし、その意義を満たす指導内容について次のような方向性を提示した。

1:従来の「まず外国語学習を行い、その成果として外国語話者との交流活動が実現する」という学習プロセスではなく、「学習前または初期の段階で機械翻訳を活用した外国語話者との交流活動を行い、動機づけを高めつつ外国語の学習を進める」という、全く逆の学習プロセスが成立する。
2:その際、【授業実践1】で提案したような授業を外国語学習の初期に行っておくことで、その後の外国語学習への意欲を一層向上させることができる。

「あくまでも小学校の外国語教育として指導するならば、という点は強調しておきます。既存の学習プロセスは、中学校以降の学習者として成熟した生徒たちの学びとしては適切だと思います。ただ、それを小学校に前倒しし、中学校以降の学びを少し簡単にして与えるのは、小学生の学びのスタイルとはかけ離れているのではないか、という思いがずっとあったのです。」
さらに実践を通して、機械翻訳を適切に使いこなすための「機械翻訳リテラシー教育」は小学生段階から可能であることも示唆された。助成研究で提案した授業プランは、豊かな「ことばの学び」と「機械翻訳リテラシー」を、児童に体験的に学ばせることができる、と成田さんは総括した。
「昨今言われている『デジタル・シティズンシップ教育*3』にも関わってくるところだと思いますが、ツールを適切に使いこなし、人の権利を侵害していないか、人を不幸にさせていないかということを常に考えながら責任を持ってツールを使う感覚を養い、AIツールを使って学ぶ学習者を小学校段階から育てる必要があると考えます。」

助成から数年を経て、この授業プランはどう確立提案されているのだろう。
「助成研究で提案した内容がほぼ完成形だと考えていますが、AI翻訳技術が進化し、当時は翻訳できなかった "映える "が訳せたり、子どもたちの曖昧な日本語も意を汲んで訳してくれたりするようになったのです。」
そのため、機械翻訳の限界や制約を体験的に学ぶ部分に関しては、工夫が必要だろうと成田さんは言う。
「昨年、助成研究で示した問題意識や指導観、小学校教師だからこそできる外国語活動の授業実践案などをまとめ出版しました。今は私の提案を、学会・セミナー・SNS等で発信し続けることが大切だと思っています。裾野が広がれば、それぞれの先生方が各々の文脈で作るプランが産まれると思いますし、ひとつの完璧な解を出すことがゴールではないという気がしています。

助成研究に取り組んだことは、現在の成田さんの問題意識や活動にどうつながっているのだろうか。
「研究成果が論文として学会誌*4に採択されているという信頼性は、揺るぎないものです。今の自分の土台であり自信になっていますし、自分に具わっている現場感覚や現場との共感性を再認識できました。現場に協力を仰ぐ際に、先生方の共感を呼び懐にスッと入り込めるのは強みだと思います。教師の現場感覚は強い!と声高に言いたいですね。」続けて、「幸いなことに発信効果も出てきて、若い仲間がたくさんできました。この先も教育に携わる活動を楽しみながら続けていきたいと思っています。

*3 デジタル・シティズンシップ教育:子どもや若者が自律的 にデジタルツールを活用し責任ある市民として社会に参加するための知識や能力を学ぶ教育
*4 成田潤也. (2022).「機械翻訳活用による小学校外国語 教育と国語教育の連携」.『言語教師教育』. Vol.9 No.1, 56-69. JACET教育問題研究会.

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2024年からCanva(キャンバ:オンラインで使える無料のグラフィックデザインツール)認定教員アンバサダー(通称 Teacher Canvassador)を務めている。

  • vol.13 教育実践に携わる人たちの研究 現場感覚と共感性と。教師は実践研究家
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