第56回「博報賞」 博報賞・文部科学大臣賞 受賞
[宮城県]早坂 和枝(大崎市立古川第五小学校 講師)
口の動きを示しながら 正しい発音をサポート
音を作る器官やその動きに問題があって発音がうまくできない構音障がい。相手にうまく伝わらない、聞き返される、まねをされて笑われるといったつらい経験をした子どもは、周囲とのコミュニケーションに支障が出たり、自信を無くしてしまったりしてしまう。
早坂和枝氏は、1993年にことばの教室が通級による指導に制度化された際、当時勤務していた小学校が拠点校としての役割を担うことになり、学校長から声がけされたことが指導の道を歩むきっかけとなった。当初は戸惑いもありながらも、新境地に挑む気概で取り組むことを決意し、5年間担当。その後、異動を転機にしばらく間が空いてしまったが、大崎市立古川第五小に赴任したのをきっかけに再度ことばの教室の担当を希望し、現在まで8年以上続けている。
古川第五小では、1年生を対象に一斉言語検査を実施。2018年度と25年の結果を比較すると、側音化構音障がいと置換性構音障がいの増加が確認されている。その要因として考えられるのが、食事における咀嚼(そしゃく)の減少。下あごを持ち上げ口を閉じるための咀嚼筋や、口角を持ち上げるための唇周囲筋の働きが緩慢となってしまい、子音が正しく発音できない子どもが増えているという。また、コロナ禍などの感染症対策として長い時間、マスクを外せなかったことも、唇周囲筋をよく動かして会話することや唇を閉じることへの意識が薄れてしまった原因のひとつになっていると考えられている。
ことばの教室は、早坂氏と子どもたちが互いの口の動きがよく分かるよう、大きな鏡の前で行われる。まずは、手の動きに合わせて唇を開閉したり舌をぐるぐる回したりするなど、念入りに口周りの筋肉をほぐしていく。ミルクせんべいや粒チョコなどの駄菓子を使い、子ども自身が楽しく集中できるよう配慮を凝らしているのも早坂氏ならではの工夫だ。イ列音の構音障がいや「キ」が「チ」になる置換など、子どもそれぞれの苦手な発音を見極め、唇や舌の使い方に気をつけながら丁寧に構音練習が繰り返される。授業で使っている国語の教科書の音読も行い、特に気をつけるべき箇所にいくつもチェックを入れていく。最後に、学習の確認と自己評価をシートに書き込んで終了。ことばの教室で学習を重ねたことで、現在は積極的に授業で発表するようになったという3年生の菊池奏心さんは「将来は保育士になりたい」と夢を語り、早坂氏を驚かせていた。
少しずつ変容する過程を確かめながら 喜びを共有
構音の改善を目指すことばの教室の学習には即効性はなく、数回練習しただけでは目に見えるような成果は得られない。幼児期の発語から現在に至るまで、日々使い慣れてきた構音の方法を修正することは、子どもにとって時に苦痛を伴うものであると感じているという。正しく発音ができたか、そうでなかったかという結果のみで評価してしまうと、子どもにとってできない後悔の連続につらさを感じてしまうようだ。ゆえに、発音が少しずつながら変容していく過程をつぶさに見取っていき、それを子どもと保護者、学級担任と共有していくことが重要となる。そのために早坂氏は、子どもの自己評価と学習感想の累積の方法を模索。当初は、達成の度合いを数値線上にポイントする方法を採用していたが、算数の学習で小数や分数の数の大きさを理解させるためタイル図やマス図を使ったところ、飛躍的に理解が進んだ経験から発想を得て、五角形のレーダーチャートに着目。自己評価により線を引いた五角形の大きさで成果を実感させるなど、学びの振り返りを分かりやすく促す改善に努めた。
また、連絡ファイルや学級通信を活用し、ことばの教室における学びの様子や自己評価、学習の感想などを保護者や学級担任と共有。より多くの目で子どもの変化や改善を確認できるように工夫を行った。ことばの教室には、通常学級のように懇談会の場は設けてはいない。連絡ファイルには保護者や学級担任から寄せられたコメントを掲載し、それぞれの考えを知るための重要な情報交換の機会になっている。どれほど小さな変容であっても、周囲の大人たちが子どもの努力を認め、励ますことによってやる気と自信を喚起し、ことばの教室で学び続けたいと思うモチベーションの保持につながると考えている。
構音指導の学びと意義を 新たな担い手へ継承
構音障がいの改善には、子どもたちに学びの積み重ねと忍耐力を求め、その進捗(しんちょく)スピードは緩やか。それでも、長年取り組んできた早坂氏には、その手応えを感じられる機会が多々あったようだ。1年生からことばの教室に通い続けている3年生の佐々木英太さんが「お家でも、お父さんやお母さんと一緒に発音練習を頑張っている」と保護者の理解と協力を得ながら楽しく取り組めている状況を語ってくれることは、早坂氏が望んだ方向性そのもの。さらに、ことばの教室を修了した子どもたちが放送委員会に参加していることは、早坂氏にとって想定外の喜びになっている。時折、誤った舌使いに戻ってしまっている場面も見受けられるようだが、指導を受けた経験を思い出し、自発的に修正を行っているという。何より、発音の誤りのために笑われたり真似されたりして、話すことへの苦手意識を抱えていた子どもたちが、教師や全校児童が耳を傾ける校内放送に自らの意志で参加している事実は、早坂氏にことばの教室を続けるための原動力を与えている。
42年間走り続けてきた早坂氏の教員人生は、残りあとわずか。退任後は、夫婦の趣味である山登りをのんびり楽しみたいと語っているが、壁に貼られたことばの教室のスケジュール表には、隙間なく子どもたちの名前が書かれている。そして、大崎市はもちろん、宮城県全体を通して、ことばの教室を担当する教員の担い手不足と高齢化を憂慮している。早坂氏は、ことばの教室における構音指導のスキルを後進に伝えることも、自らの責務であると考えているようだ。「私は、構音指導や特別支援教育について専門に学んできたわけではありません。だからこそ、特別な研修を受けなければできないことばの教室ではなく、通常学級の担当教諭が自らの指導技術を生かしながら運営できることばの教室を目指してほしいと願っています。そのために、私がこれまで得てきた学びやスキルを伝え、より広がりを得てほしいと思っています」と話してくれた。
(企画・制作/河北新報社営業局 河北新報2026年3月13日 掲載分より転載)
※記載の所属・役職は、受賞当時のものです。
博報賞とは
「博報賞」は、児童教育現場の活性化と支援を目的に、財団設立とともにつくられました。日々教育現場で尽力されている学校・団体・教育実践者の「波及効果が期待できる草の根的な活動と貢献」を顕彰しています。また、その成果の共有、地道な活動の継続と拡大の支援も行っています。
※活動領域:国語教育/日本語教育/特別支援教育/日本文化・ふるさと共創教育/国際文化・多文化共生教育 など
第57回「博報賞」は4月1日(水)より応募受付を開始します。
詳細は博報賞のページをご覧ください。
*博報賞に関するお問い合わせ先
hakuhoushou@hakuhodo.co.jp (博報賞担当宛)




