Vol.122 |
2025.08.15 |
「【こむ】」のコトダマ
禅宗のお寺を訪れたときのこと。廊下に
「生ききる」
と書かれた色紙が掛かっていました。
このお寺のお坊さんが102歳のときに書かれたものだそうです。
「生きる」ではなく、「生ききる」
同じような意味ですが、感じ方が違います。
「食べる」と「食べきる」
「使う」と「使いきる」
「疲れる」と「疲れきる」
「きる」がついた方が、やりきった感じがします。
この「きる」は、補助動詞です。動詞のあとにくっついて、前の動詞の動作を、「完全にやりとげる、限界まで行う」という意味を補います。
だから、やりきった感じがするのでしょう。
実際に、これを書いたお坊さんは、死ぬ直前まで坐禅を組み、お経を唱え、筆を持って色々書かれていたそうです。
まさに、命が燃え尽きるまで、生ききった方だったのでしょう。
私も、子どもたちに作文を教えるとき、「きる」のような補助動詞をつけることを促します。
「作文を書く」のではなく
「作文を書き込む」
そのために、「人の話を聞く」のではなく
「人の話を聞きこむ」
「こむ」という補助動詞をつけると
前の動詞の意味を深くしたり、徹底する意味をこめることができます。
「書きこむ」といえば、中身のたっぷりある深い文章を書くという意味。
「聞きこむ」は、注意深く聞くことになります。
私たちは、何も意識しなくても、書くことも話すこともできます。「生きる」ことだって、「生きよう、生きよう」と考えなくてもできますよね。
しかし、それだけでは何か足りないのです。
ものごとに対する気迫のようなものが不足している。
その結果、何かをやったときの達成感を十分に得られないのではないでしょうか。
作文教室の際、
「みんな、ただ書くのではない、自分のありったけの思いを書きこもう」
と言うと、多くの生徒がわかってくれます。
原稿に向かう鉛筆のコツコツという音が明らかに大きくなります。
「今度は友だちの書いた文章を聞きこんでください」
というと、教室が静まります。発表者の方にみんなの目が向かいます。
補助動詞「こむのコトダマ」によって、みんなの意識が変わる。
これが「言葉の力」というものでしょう。
「書きこむ」「聞きこむ」「読みこむ」「考えこむ」
「こむのコトダマ」で、その行動に徹する力をつける。
「さぁ、読もう」ではなく「さぁ、読みこむぞ!」
と言った瞬間、あなたはより積極的になれるはずです。
より深く、より徹底的に生きていくために
「こむのコトダマ」を利用してください。